「ふむ、美味い」
「そう?良かった」
クリスティーヌはエリックの向かいに座り、にっこりと微笑んだ。
エリックは、目の前の皿に乗っている林檎パイを一口、また一口と口へ運びながら、黙々と食べる。
今から30分前、クリスティーヌに呼び出されて来てみれば、机には温かい紅茶、そして丸型の林檎パイが置かれ、クリスティーヌがこれを食べるように言ってきたのだ。
聞いてみればこれはクリスティーヌが作った物らしい。
食べてみれば、思いのほか美味しく、現在に至る。
「よくこんなのを作る時間があったな…」
途中フォークをおき、ペーパーナプキンで口を拭う。
「ふふふ。内緒」
にこにこ笑うクリスティーヌ。
「恩師に向かって秘密とは、いいご身分になったものだな」
エリックはむっとした表情で言えば、クリスティーヌは、答えた。
「エリックの調理場を借りたわ。夜中にこっそり作ったの。どうしても林檎パイ食べたくて…」
「…私の…?」
全く気がつかなかった。
エリックは記憶を辿ったが、調理場には変わったところなどなかった。
それに、真夜中と言っときながら、今はまだ夜7時だ。
昨日作ったのか?
エリックは頭の中で様々な事を思ったが、負に落ちなかった。
「エリック」
「?」
不意に名前を呼ばれ、エリックはクリスティーヌを見る。
「もう起きる時間よ。舞台が始まるわ」
「…?何を言っている。起きてるぞ」
「いいえ、起きてないわ。起きて。私が、もうすぐ舞台に出るわ」
クリスティーヌは相変わらずにこにこしながら言う。
エリックは頭の中で意識が引き摺り込まれるのを感じた後、目の前が白くなった。
そして意識は、ふっと消えた。
ーーーーー
エリックの意識が少し戻り、何がが浮き上がるような感覚の後、目を開けた。
そこは自分の寝室で、ベットの中だ。
そこであれは夢だと気づいたエリックが時計を見ると、確かにもう舞台の時間だった。
エリックは林檎パイが食べたいと言っていたクリスティーヌの言葉を何故だか繰り返し思い出していた。
ふっと笑ったあと、いつもの表情に戻る。
「…それより先に、見に行かなければ」
ベットを降り、エリックは身支度を始めたのだった。
fin