あら?
ここはどこかしら。
真っ暗な闇の中、私は立っている。
足元も壁も、天井も分からない。
真っ暗真っ暗、何も分からなかった。
が、それは違った。一つだけはっきりしたものが前方にあった。
赤と黄色の市松模様の扉。
上の方の角が丸く、どこかおとぎ話のような扉だった。
ドアノブは無い。
だけど、私は開け方を知っている。
そっと押すだけ。そっと押すだけでこの扉は開くの。
ほら、開いた。
中に入ると、やっぱり天井や壁床も真っ暗。
そこに、ステージがある。
というか、この扉はステージの脇にあり、このまま進むとステージに出るようになっている。
ここは影というものがない。
照明もない。だけど、くっきりはっきり明るく見える。
ステージにはにっこり笑った白い仮面をかぶり、タキシードとハットをかぶった人がいて、何やら喋っていた。
「さー皆さん!今宵もやってきました!本物は誰でしょう!回答者は彼女です!どうぞー!」
恐る恐るステージに出ると、そこには誰もいなかった。
というか、真っ暗で見えなかった。
何も無いわけでもない、見えないのだ。あるわけでもないが、真っ暗。
「さ、この彼女には本物のあの人を見つけてもらいます!それでは!スタート!」
あの人?
ピアノの曲が流れはじめ、ステージの脇から7人の男の人が出てきた。
後藤さんだ。
7人の後藤さんが出てきた。
「後藤さん」
後藤さんは一斉に答えた。
「「「「「「「しのぶさん」」」」」」」
どれ?これ?
誰が本物の後藤さんなの?
曲が終わるまでに見つけなきゃ。
近寄って見てみる。
7人は身長がバラバラ。
後藤さんの身長は確か…あら?
身長ってどれくらいだったかしら。
体格も違うけど、後藤さんの体格もよく分からない。
本物はどれ?
「しのぶさん、僕だよ」
「しのぶさんかわいい」
声も少し違う。
でも、本物の後藤さんの声もよくわからない。
分からなくなってきた。
「しのぶさん、すき」
「俺だよ、しのぶさん」
どれ?だれ?これ?あれ?
だれ?
参ったわ…分からない。
分からないわ。とても似てるんだもの。着てるものも同じ。水虫も同じ。もう、分からないわ。
「あらら?分からないんですか?」
仮面の男が楽しそうに聞いてくる。
後ろの観客がクスクス笑っている。
その間にも曲は進み、後藤さんはにこにこしている。
急がなきゃ。
「しのぶさん、帰ってハゼ食べない?」
「しのぶさん、僕だってば」
後藤さんが一斉に喋る。
あ…この人。
この人よ。
「この人よ」
そうつぶやけば、後藤さんか一斉に黙る。
私が選んだのは、四番の後藤さん。
後藤さんの手を引き、一歩前に出す。
見えないけど、観客がざわつき、曲が、終わった。
「ほう、その人が本物ですか。それでは、これにて終わりです!皆様ありがとうございました!」
仮面の男がパチンと指を鳴らすと、仮面の男と残りの後藤さんが消え、四番の後藤さんが残った。
「しのぶさん、しのぶさん」
「なに?」
「しのぶさん、しのぶさん、しのぶさん、しのぶさん、しのぶさん」
後藤さんは止まらなかった。
ーーー
「しのぶさんっ!」
「っ!?」
私は目を覚ました。
ベットの中。
まだ真っ暗で、酷い汗をかいていた。
隣りには後藤さん。
「大丈夫?酷い汗だよ。だいぶうなされてたけど、水のでも飲む?」
そこで今までの事が夢だと気づいた。
変な夢…不気味な夢…。
後藤さんはスタンドライトをつけ、水を組みに布団から出て行った。
「変な夢を見たの…」
「変な夢?」
水を持って戻ってきた彼は、布団に潜り込み、コップを渡してきた。
あら…後藤さん、貴方…
「後藤さん、そんなに手の指細かったかしら」
「何言ってるの。そうだよ?生まれてこの方、この指。本当に大丈夫?しのぶさん」
心配そうに顔を覗き込んでくる後藤さん。
私は汗を拭い、コップを受け取った。
「大丈夫よ。変よね、私…」
きっと疲れてるんだわ。
そうよ、疲れてるの。
だからあんな夢見たんだわ。
水を飲もうとした時、後藤さんが言った。
「俺が本物に決まってるじゃない」
私は頭のどこかを殴られたようにぐらりと揺れた気がした。
fin
谷山浩子さんの歌から。