「ところでクリスティーヌ、今夜の舞台だが、気を張りすぎたな」
クリスティーヌの部屋の中で、椅子に腰掛けながら紅茶を飲むエリック。
その向かいに座るクリスティーヌは、眉をハの字にして肩を落とした。
「そうなの。今思えば、歌い方が固かったわ」
「そこがまだまだだな」
エリックは熱い紅茶を一口飲んでから、クリスティーヌにクッキーを勧める。
これもエリックが持ってきた物だ。
クリスティーヌはクッキーを頬張り、紅茶を飲む。
「だが、カルロッタよりマシだ」
「カルロッタさんは上手よ。世界的人気を誇るプリマドンナ」
「奴の歌い方は自己顕示欲しかない。確かに発声、声の伸びは良いが、それでは二流だ。私の目は誤魔化せん」
また始まった、と、クリスティーヌは思った。
エリックがカルロッタを嫌うのは相当な物で、この話をさせるとまずカルロッタの批判、問題提起、さらには自分が理想としているオペラの形にまで言及する。
クリスティーヌからすれば、エリックが言うオペラの理想像は多いに同意出来るものであり、そんな演技が出来ればもう望むものなど他にないだろうとまで思う。だが、カルロッタの批判はどうだろう。少なくともあの歌唱力で世界的人気を誇るプリマドンナになったのだ。たまに強く当たられるのは嫌だったが、エリックほど次から次へと批判、問題提起できる人間は他に見たことがなかった。
「ね、ねぇ、それより今度の舞台、私妖精をやることになったの」
「何、妖精か…確かソロもあったな…お前の妖精役は、ソロはあるか?」
「ええ!」
「そうか!それは良かった」
エリックは満足そうにクッキーを一つ口に放り込んだ。
「オーディションで、一発合格したのよ」
「当たり前だ。お前はいずれプリマドンナになる女だからな」
エリックはもう少し良い配役を期待していたが、まぁ、ソロが三つもあるのだから、と一人納得した。
そして、あの支配人達がカルロッタに気を使わないわけは無かった。
カルロッタは今やドル箱となっているのだから。そして、また主役はカルロッタだった。
「あら?何かしたら」
エリックはクリスティーヌを見ると、クリスティーヌは自分の後ろを見ていた。
つられて後ろを見ると廊下に続くドアが普通に閉まっていて、とくに変わった様子などない…と、思いきや、ドアの下の隙間から手紙が差し込まれていた。
クリスティーヌは席を立ち上がり、手紙のところまで歩く。手紙を取れば、再びエリックの向かいに座った。
「誰からだ」
「さぁ、書いてないわ」
クリスティーヌは手紙を開けると、中から一枚の紙を取り出した。