89、夜は終わらない


ルフィ回収のために地に降り立ったゾロ。路地から顔を出す頃にはもう戦火は悪化していた。
 
「イガラムッ!」
 
力を振り絞ったイガラムは、力尽きたように前から倒れてしまった。ゾロから受けた創痍も疼き、血がコンクリートにべったりついている。ビビは慌てて駆け寄るが、辿り着く前にふわりと綿のように軽く飛んできたミス・バレンタインによって、前髪も撫でてきっちりポニーテールに留めていた髪飾りを蹴り壊されてしまった。甲高い笑い声とともに、壊れた髪留めが音を立てて地に落ちた。
 
「キャハハ!」
「…バケモノ…ッ」
 
ふわりとこぼれ落ちた水色の髪はお尻までつくほどに長く、前髪も綺麗なセンター分けでうねっている。ぎろりと睨みつけるが、ミス・バレンタインは慄くどころかけらけら笑い続けている。
髪の毛が解かれるとともに、隠していた王家の気品もこぼれてしまって、Mr.9はあわあわ慌てふためきながら地に身体をべったりとつけて、ビビに頭を下げた。
 
「お、王女であられましたか…! ははあ!!」
「やめてよ、Mr.9!」
「ったく、騒がしい夜だぜ。勝手にやってくれ!」
 
Mr.9により少し和らいだ空気。ゾロはその隙に彼らの付近に文字通り転がっていたルフィを回収しながら、えっほえっほと横切った。
 
「び、ビビ様……ッ」
「イガラム! 大丈夫?」
 
消え入りそうな震えた声が耳に届き、ビビはハッとして横たわっている彼の元へと駆けつける。だが、わずかに首をもたげたイガラムは力なく首をふった。
 
「私に構わず早く逃げてください…! 祖国のために…ッ」
「あ……」
 
脳裡に蘇るのは、全ての始まりの日。イガラムと交わした約束。
それは、ビビにとって何よりも辛いことだった。だけど、ここでぐずぐずしていたら国は、アラバスタは──。
 
「あなたがいなければ、我がアラバスタ王国は……さあ、早く!」
「…うん…ッ」
 
約束をしたでしょう。と強く訴える瞳に気圧されて、ビビは震えながら大きく頷いた。
頭ではわかっているけど、心が追いつかない。
激しく心臓を鳴らしながら、胸から孔雀スラッシャーを引っ張り出し、小指にかける。
 
「逃げられると思うのか? おれ達から」
「…ナメんじゃないわよ!!」
 
鼻をほじりながら淡々と告げたMr.5に、ビビはカッと目を見開かせて両手に武器を装着させた。
相手は自分たちよりもずっと上の称号を与えられているペア。敵う見込みはない。だけど、行動しなくちゃ国は…。孔雀スラッシャーを素早く回転させながら走り出すが、ビビの前にそっと影が伸びた。
 
次いで、庇うように立ったのはさっきまでビビを拝んでいたMr.9だ。
 
「え、」
「事情はさっぱり飲み込めねェが、長くペアを組んだよしみだ。時間を稼いでやる。さっさと行きな!」
「Mr.9!」
「へへ、結構いい男だろ? バイバイベイビー!」
 
自分はさっきゾロの攻撃を真っ向に受けて満身創痍だというのに、躊躇うことなく前に出て、金属バットを構えMr.5の元までバク宙しながら向かっていく。
これまで王女ということを黙っていて、バロックワークスの純社員であるMr.9から見ればビビは裏切り者であり工作員である立場だというのに、怒るどころか詳しい事情も知らないで何故立ち向かっていくのか。ビビは、呆然と彼を目で追っていた。
 
「“熱血”!」
「Mr.9!!」
「おれたちに必要なのはただ一つ。任務の遂行の意思だ。くだらねェ仲間意識は死を招くだけだ」
 
鼻をほじりながら、また冷静に言いのけると指をそっと抜いた。そして、向かってくるMr.9に指を構えてみせる。指に乗っているのは、鼻くそだ。
 
「身を持って知れ!」
「“根性”!」
「“ノーズファンシーキャノン”!」
 
指パチンコで鼻くそをMr.9に放つ。彼の顔に直撃したそれは、刺激に弾けて大爆発を引き起こした。ミリ程度の、しかも鼻くそがなぜこれほどまでの爆発を生むのか。爆風は、Mr.9をさらって、彼は前方に伸びている川に落ちていった。ビビの悲痛な叫び声が、Mr.9の鼓膜を揺さぶる。意識は朦朧とし、水の音が全てをかき消すが、震えている彼女が目に浮かぶ。
ああ、キミはそうだ。任務の度に悪女を演じていたが、人々に決して手は出さなかった。いつだって優しかったよな。
 水の圧に意識は融かされていく。Mr.9はおもむろに瞳を閉じた。
 
「Mr.9!!」
「おいおい、なんて危ねェ鼻くそだ!」
 
ルフィを連れて路地に身を隠したゾロは、瞠目してMr.5を見つめている。一体何の能力だ?と視線をそのままにしていると、足首がぐっと重たくなった。何かに掴まれた感触だ。ハッとして視線を下げてみると、這いずったイガラムがいた。その手はゾロの足首を掴んでいる。
 
「何だ、てめェ!」
「剣士殿! 貴殿の力を見込んで理不尽なお願い申し奉る…!」
「奉るなよ! 知るか、手を離せ!」
 
もう力も絶え絶えであろうに、掴む手にはもがいても振り解かれない力が込められている。
 
「あの二人組は両者とも悪魔の実の能力者故、私には阻止出来ん! 代わって王女を守ってくださるまいか!? どうか…ッ!!」
「あァ!?」
 
身体を引きずりながら、必死に足首を掴んで懇願する様子にゾロは片眉をあげて視線を下げた。
その間にも、Mr.5&ミス・バレンタインは薄ら笑いをたたえて、カルーにまたがる王女を見つめている。少しでも攻撃を仕掛けられたらビビは終わりだ。こんな能力に敵うはずがない。
 
「…カルー! 走れ!」
「クエーッ!!」
 
だったら、逃げに全力を振るのみだ。ビビは、カルーを走らせてこの場を立ち去った。イガラッポイことイガラムも心配なのだろう。遠くなっていくカルガモの足音に引かれて双眸を馳せた。
 
「キャハハ! 逃げちゃった」
「逃げられねェさ。追うぜ、ミス・バレンタイン!」
「ええ、Mr.5! キャハハハッ!」
 
バロックワークスは任務遂行に命をかけている。失敗するとボス直々に抹殺処分との命令が下されるからだ。そのため、当然この二人はビビを見逃すことなくすぐ後を追っていく。ケタケタと笑うミス・バレンタインの甲高い声がゾロとイガラムの鼓膜を突き刺した。

何だ、アイツらは──とゾロもイガラムに続き、二人組の背中に視線を流す。いつになったら静謐な夜になるのか。このままじゃゆっくり酒も飲めやしねェ…と深いため息を落としたのだった。
 
 
その頃、酒場の中のナミとアリエラも行動に出ようとしていた。
金庫などを全て漁ったのだが、めぼしいものは何もない。一週間の食費にもならない程度のお金にナミは「何が賞金稼ぎの巣よ!」と激怒していた。アリエラはアリエラで頭は半分ゾロと交わしたものにおねつで浮ついていた、その時。イガラムがゾロに懇願する声が窓の隙間から飛び越えんできたのだ。“王国”“王女”その名にハッとしたナミはある考えが浮かび、ニヤリと笑みを描くとアリエラの腕を引っ張って屋上へと上がっていく。
 
「え、ナミどうしたの?」
「いいからいいから。あんたにもちょっと手伝ってもらいたいの」
「どこに行くの?」
「ゾロのとこよ」
「えええっ、!」
「大丈夫よ。あんたの気持ちを勝手に喋ったりなんかしないって」
 
口が硬いのよ。とウインクするナミにアリエラはそうだけど…そうじゃないの!と心で叫びを上げた。さっき、ナミには結局言わなかったゾロと交わしたキスのこと。どんな顔をして彼に会えばいいのか…胸は執拗にドキドキするし、頭の中はまだ真っ白だし、何にも浮かばない。どうしてあんなことをしたの? と、問うべき? 彼は私が寝たふりをしていることに気づいていたのかしら? それとも気づいていない? だったら、私も気づいていないふりをするべきよね。でも、ふりをしたって意識はしてしまうわ。ゾロと、ゾロと……キスをしたんだわって思って、顔が赤くなっちゃうに決まっているわ…。
 
「アリエラ!?」
「あ、は、はい…!」
「早く来なさいよ!」
「う、うん……!」
 
こんな早くゾロと顔を合わせるだなんて。ああ、寝たふりを続けておけばよかったわ。と後悔してももう遅い。どのみち結局は数時間後に顔を合わさなければならないのだ。それが早まっただけ、それも何だか騒がしい状況で。こっちの方が気も楽かもしれないわ、そうよ。えい、もうままよ!と決心を結んでナミに続き、外に出られる梯子を登っていく。
バルコニーでひっそりと聞き耳を立てるナミに倣って、アリエラもしゃがみ込むとイガラムのひしひしとした声が寂然とした夜に弾けた。
 
「遥か東の大陸! アラバスタ王国まで王女を無事に送り届けてくだされば…ゴホッ、必ずや莫大な恩賞をあなた方に…。お願い申し上げる! どうか、王女をお助け…ゴホッ、」
「フザけんな! さっきまでおめぇらはおれ達を殺そうとしてたんだぞ! もう一遍叩っ斬るぞ!!」
 
もう一度、足首に力を入れてもがくが、イガラムにも相当な力と懇願があるのだろう。一向として離さない。全く理不尽な申し出に、ゾロは刀に手を伸ばそうとした時、ふっと二人の頭上に明朗な声が溢れた。
 
「莫大な恩賞って本当!?」
「な、ナミ…!」
「あァ?」
「え…?」
「その話、乗った!」
 
欄干のないバルコニーに腰を下ろして、脚を組んでいるナミと慌てて影から出てきたアリエラにゾロもイガラムも呆然と目を丸めて二人を見上げている。二人の戸惑いをナミは気にすることなく、にっこり笑顔をイガラムに向けた。
 
「10億ベリーでいかが?」
「じゅ、じゅうッ! ゴホッ、マーマーマ
「ナミ、アリエラ。お前ら寝てたんじゃ……」
「あ……、」
「あのねえ。海賊を歓迎するような怪しすぎる町で誰がのんびり寝たりするもんですか。演技よ、演技! まだまだいけるわよ私!」
「へェ、そうかい」
 
ご機嫌に地上に飛び降りたナミに、ゾロはやれやれと呆れたため息をこぼして顔を逸らした。ああ、そうだ。この女はこうだよな。とどこか納得もしているようだ。ようやく解放されて軽くなった足首を感じながら、何事もなかったように…でも、鼓動は激しく打たせたまま。ゾロはアリエラに双眸を流した。
 
「お前は起きて大丈夫なのかよ」
「あ、うん…平気。気がついたらソファの上で眠ってて……びっくりしちゃった。ゾロが運んでくれたの? ありがとう」
「あァ。お前、途中からすげェ酔ってたからな。まあ…何事もなくてよかったよ」
「えへへ……疲れちゃっていたから酔ったんだわ。ごめんね」
 
さっきまであんなにあわあわしていたのにまあ、自分でも驚くほどに軽やかに口を回せてアリエラはほっと安堵した。あの時、起きてたなんて知られたらゾロはきっと気まずい思いをするわ。それは可哀想だもの。訝しむ素振りも彼は見せないし、隣のナミを少し見上げてみても平然として笑っている。あら、アリエラ起きてたじゃない。と言われたらどうしようかとちょっぴりドキドキしたけど、やっぱり親友だわ。ちゃんと分かって汲んでくれて、アリエラはふわっと笑みを浮かべた。これならもう、安心ね。
 
「マーマーマ
「──で? 10億の恩賞を約束してくれるの? 護衛隊長さん」
「ナミ…」
「いいの? 私たちに助けを求めなきゃ、きっとあの王女死ぬわよ」
 
綺麗な顔はたっぷりとした笑みに歪められていく。その表情は小悪魔なようで、ゾロはけっとまた顔をそらす。何だか、嫌な予感がするのだ。
 
「…私のような一兵隊には、そんな大金の約束事は……」
「うん? まさか、一国の王女の値段がそれ以下だっていうの?」
「えッ、」
「出せ
「なっ、」
「ちょっとナミ!」
 
しゃがみ込んだナミはうつ伏せに横たわっているイガラムに目線を合わせて、笑顔でさらりと強制を告げた。可哀想になったアリエラは、慌ててナミの肩を掴むが彼女は動く気配を見せない。
ゾロも「脅迫じゃねェか…」とすっかり呆れ返っている。
 
「ならば…王女をアラバスタへ届けてくださるというのなら、王女に直接交渉していただいた方が確実です」
「ふっ、まず先に助けろってわけね」
「こうしている間にも王女の命が……」
「そうね。王女様があんな二人組に敵うはずがないわ…」
「分かったわ。おたくの王女をひとまず助けてあげる」
「ナミ…すごいわ!」
 
そこには10億ベリーがかかっているのだ。お金になれば、ナミはあの強烈な能力を持つ二人組に臆することなく挑みにいけるのね。とアリエラは決心を抱いて立ち上がったナミにキラリとした瞳を向けるが──。
ナミが身体を向けたのは、王女が逃げた方ではなく腕を組み渋い顔してナミを見つめていたゾロの方。そして、すっと指を王女の方に向けた。
 
「さあ、行くのよ。ゾロ!!」
「行くかァ! アホッ!!」
「まあ、」
 
やっぱり嫌な予感が的中したゾロは彼女にぐわっと噛みつく勢いで怒りをあげた。
アリエラも驚き、そしてちょっぴり呆れてナミを見つめている。
 
「なんでおれがてめェの金稼ぎに付き合わなきゃならねェんだ!」
「ああ、もうバカね! 私のお金は私のものだけど、私の契約はアリエラ除くあんたら全員の契約なのよ?」
「どこのガキ大将の理屈だ、そりゃあ!」
「何よ、ちょっと斬ってくれるだけでいいのよ!」
「おれは使われるのが嫌いなんだ! あのアホコックと違ってな!」
「ちょ、ちょっとナミ、ゾロ!」
 
イガラムも二人の言い合いに困惑しているみたいで、それに気がついたアリエラが二人を止めようとしたが聞く耳を持ってくれない。10億ベリーをなんとしてでも手に入れたいナミと、絶対に使われたくないゾロの攻防は徐々に激しさを増していく。
 
「そんなこと言って、あんたあいつらに勝てないんじゃないの?」
「なんだとてめェ! もう一遍言ってみろ!」
「そんなこと言って、あんたあいつらに勝てないんじゃないの?」
「綺麗に言い直してんじゃねェよ!!」
「うふふっ」
「あ、あの……」
 
二人のやりとりがおかしくて、アリエラはつい笑ってしまうと、イガラムはさらに取り残された気分に陥ったのか、不安そうにアリエラを見上げた。そこで、おや?と疑念を抱く。ウェーブがかった金の髪に青い瞳、類い稀な美貌。彼女、どこかで見たような──。それも、濃霧がかかっているほどに遠い昔に。
じっと見つめていると、アリエラの青い瞳とバッチリぶつかって、慌てて思考を飛ばした。今はこんなことを考えている暇はない。王女の安全をただただ。それを汲んだアリエラが「大丈夫」と声をかけようとした時、ぐいっとナミに腕を引かれた。
 
「なあに?」
「じゃあ、アリエラに行かせようかしら」
「私?」
「な、おい!」
「惚れてる女の子を戦場に向かわせるなんて、あんたも酷な男ね
「えっ、惚れて…ええ!?」
「てめェ…ッ、クソッ」
 
ナミの口から出たトンデモに、ゾロもアリエラも一気に顔が真っ赤になっていく。ゾロが告白したことも、アリエラの気持ちも双方知っているナミが、これなら大丈夫だと踏み、口にしたものにゾロとアリエラはふっと視線をぶつけたが恥ずかしくなって慌ててそらした。
 
ますますナミの思惑通りに事は動き、彼女はにやりと口角を上げて、追い込むようにまた事柄を突きつける。
 
「ちょっと忘れてない? あんたは私に借りがあるのよ」
「あァ? ……ねェよ。ンなもん」
「ローグタウンで刀を買いたいって言うから貸した10万ベリーまだ返済されてません」
「あれは10万そっくりそのまま返しただろうが! 刀はもらったから、金は使わなかったんだ」
「だけど、返す時は三倍。つまり、30万ベリー返すって約束だった。20万ベリーまだ返済されてません」
「その日のうちに10万ベリー返したんだからいいだろうが」
「ダメ!」
「う…ッ」
「あんた…惚れた女も約束の一つも守れないの?」
「……ッ!」
 
誰よりも律儀で筋の通っていないことが大嫌いなゾロにとって、これはこの上なく自尊心に突き刺さる苦い言葉で、もうぐうの音も出なかった。ナミはアリエラを大切にしてるから一人で向かわせるつもりは甚だないのだろうが、今のゾロにはそれを考える余裕もない。
 
「言うこと聞けば、チャラにしてあげてもいいわよ
「て、てめェ……ロクな死に方しねェぞ!」
「そうね。私は地獄へ落ちるの」
「クソったれが! アリエラ、おめェは絶対来るんじゃねェぞ!」
「え、ええ…」
「お願いね!」
 
結局はあの10万ベリーから始まったものだから、ナミに対してもだがナミに頭が上がらない自分に対しても苛立ちを浮かべながらゾロは王女が逃げた方向へと走っていった。後ろ姿には汗や怒りが見えて、アリエラは可哀想だと思いながらも「可愛い…」ときゅんとしている。
 
さっぱりした笑顔でゾロに手を振り続けるナミに、アリエラはさっきのことを思い出してじっとりした瞳を向けた。
 
「私の仕事って彼を揺さぶることだったのね」
「あはは何のことかしら?」
「それに、どうしてナミはゾロが私にほ…惚れてるってこと──」
「それはあいつから聞いてちょうだい。私は何にも言えないわ
「う、、ナミさんはやっぱりずるい…ッ」
 
おほほ、と笑うナミにアリエラもまた言い返せなくってむむむ…と唇を一文字にきつく結んだ。
ナミはゾロの気持ちを知っていたのね。それは、ゾロがナミに相談していたのかしら? 私が知らないところで、私に知られないように…。二人だけの秘密として。なんだかそれって…羨ましい。
胸の奥がどうしてがずきりと痛んでしまって、ハッとした。やだ、私ったらナミに嫉妬したのかしら? こんなにも大好きな親友なのに。最低だわ……!
 
「…ごめんね、ナミ」
「何が?」
「ううん、何にも」
「……心配しなくても、私はあいつに対して一ミリも特別な感情なんて抱いてないわよ」
「う……なら、よかった」
「アリエラったらもー可愛い」
「きゃ、ナミ…!」
 
心底ほっとした様子でため息を吐いたアリエラがたまらなくって、ナミはついつい彼女を胸に抱いてしまった。恋すると女の子は可愛くなる。それはどうやら本当みたいねと思いながら、彼女をぎゅうぎゅうしていると後ろからふっと声がかかった。
 
「……面目ない」
「え…」
「あ…、」
 
必死に吐き出された言葉は、キャピっとしていたナミとアリエラの胸を締め付けた。
犯罪会社に潜入していた王女がピンチで、彼が護衛隊長だと言うことしか状況は掴めていないけれど、そこには深い事情がありそうだ。ナミはアリエラを離して、二人耳を傾けた。
 
「私にもっと力があれば…王女をお守りできたのに…」
「ふふ、大丈夫ですよ。ゾロがついているんだもの」
「ええ。あいつはバカみたいに強いから」
 
元気をつけてもらうために、二人は笑顔で気丈に答えたがうつ伏せのままの彼の表情はひどく険しいままだ。
 
「アラバスタは……もう終わりだ」
「え…?」
「終わりって…?」
「あの方は生きねばならん…ッ!!」
 
アリエラの反芻には答えないで、イガラムは腹から搾り出した切実な願いをこぼすと共に、大粒の涙を地面に落とした。彼は男性でそして護衛隊長だ。そんな彼が涙を流して海賊の剣士に賭けているなんて、よっぽどだ。笑顔を作っていたナミとアリエラも想像以上の深刻さに息を呑んで、詳しい話を聞かせてもらうことにした。
 
 
 
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