184、錯綜


Mr.4の持つバズーカから、横に連なって走っている超カルガモ部隊の足元付近にひとつ、野球ボールのようなものが打ち込まれた。
数度、砂の上でバウンドをして止まると、チッチッチッ、と嫌な音がゾロの耳を打った。

「…! 近づくな!」

一見ただの硬球。それが何なのか好奇心を抱いたカルガモにゾロは劈くような鋭い声を投げた。賢い彼らは瞬時に事を理解して、背に乗せた王女の仲間を傷つけぬよう、スピードを上げてそれから距離を取る。
その瞬間。じりじりと刻んでいた秒針の音は止み、中から光を放つようにして硬球は爆発を起こした。
巻き上がる熱風に付近にいたウソップとアリエラは思わず声をこぼしてしまう。


「避けた…! 速いわねいっ! あのトリたち…!!」
「南へ二人抜けた! 分かれる気だね…」

生まれた爆風に押されるようにして速度をさらに上げたカルガモ達は、アルバーナの領域に入ると途端に列を乱した。
風に靡かせる真っ白な布切れの下の顔は影がさしていて、誰が誰なのか判別もつかない。ビビは小柄だ。体格で男女の違いを確認しようにも、あのスピードからはそれすらも図れず、くじ引きのように運で王女を当てるしかなさそうだ。

ぎりっと唇を噛み締めても、王女と海賊たちは勢いを落とすことなくアルバーナへと赴いていく。オフィサーエージェントの集う西門前の岩陰に7匹が迫ってくると、それを合図に彼らは散らばるとペア同士の行動をはじめた。

「(あっちは反乱軍の真正面…! じゃあ、あのどっちかがビビか…?)」

アルバーナの正面玄関でもある南門へと走る二匹を見やり、ミス・メリークリスマスは瞬時に推理してみる。憶測だが、頷ける線はしっかりあって、彼女は相棒の名を叫ぶと追うようにして走り出した。

「あの二人はあたしらに任せな! モタモタすんじゃないよ、Mr.4!」
「うぅんん
「必殺…“火炎星”!」

予想通り。釣られて一組が抜けたのを見届けると、ウソップは手に用意していたパチンコを構え、岩場に数発撃ち込む。

ひとつはMr.1の手の中で潰されたが、左右に落ちた弾は小さくはじけて一帯に煙を巻き起こす。カルガモのスピードにそれはすぐに巻かれてしまうが、わずかでも視界を塞げたのは大きい。

「Mr.1! そっちから二人も抜けたわよう!! それがビビかも!」

その間にまた2匹。一瞬の煙を利用し、敵の聳える岩場を抜けたのを認めていたMr.2が声を荒げた。彼らは西門の階段を駆け上っていっている。

「コイツら……」
「アルバーナに5つあるゲートの内、西から狙える門は3つ! そこからバラバラに入ろうってわけね…、同じよ! 中で抹殺するわ…!!」

付近にいたMr.1とミス・ダブルフィンガーが、彼らを追って岩場を離れていく。
小細工なし、正面からやり合うことを望むMr.1はその浅黒いおでこにぴきりと青い筋を浮かべている。キセルを投げ捨てたパートナーもまた、焦りのような苛立ちを飼っていた。

残るはMr.2とミス・マザーズデーのふたりと、クルーを乗せたカルガモ3匹。

「ふん、数がひとつ多いのね。じゃあ当たりを引く確率も上がったかしら」
「ここで仕留めるのよう!」

向かってくるカルガモ1匹にしぼり、Mr.2は長い片脚を上げて「あァン」とポーズを取ったが、風を孕んだ彼らは衝撃も含んでいて。手も出せないまま、Mr.2はカルガモの大きな頭に突き上げられてしまった。

「ちょっ、ちょっと!! う、っ──」

2人はペアではない。おそらくそれはペアを組んでいる同士もそうだろうが、それ以上にペア意識のない他人をいいことにMr.2の後ろで雲隠れし、3匹の中から“エトワール”の気配を感じ取ろうとしていたミス・マザーズデーも同じく事故的な突撃を喰らってしまい、頭から血を流しながら砂の上にどさりと落ちた。

「さあ、私達は南西ゲートへ」
「うふふ。ついてこれるかしら」

だが、巻き上がる砂埃のなか聞こえた続く声には確かに女のものを感じてミス・マザーズデーはハッと身体を起こす。

「どうやら私、当たりを引いたみたい」

あちこち痛むが、夢見るのは安泰な日々に成る昇格だ。今後の生活を思えば、とよろりと立ち上がったミス・マザーズデーは遠くに飛ばされてしまったMr.2をほっぽったまま、3匹のあとを追っていく。

「逃がしゃしなァいわよォう!!!」

しぼりだされた、掠れのある声をすこし焦りつつ背中で聞きながら──。



独特で可愛らしい足音を響かせながら、3匹の超カルガモ部隊は南西門の階段を駆け上っていく。
数にして100近いそれを風の如く抜けていく速度には感心するほど。目元以外を覆っているから、びゅんとくる向かい風に多少の息苦しさを感じるも、それもあとわずかの辛抱。

「おい! 誰かが上がってくるぞ」
「敵か!?」

半分ほどまで到達すると、敵…反乱軍の侵入を制すべく配置された国王軍の前哨2人が上擦った声をあげた。すっ、と自然と手にしていた槍を構えるが……。揺れる黄色い影にはよく見覚えがあり、それをそっと緩めた。

「あれは超カルガモ部隊だ。通してやれ」

さすが国王軍所属の超カルガモたち。その信頼に、彼の背中の上でアリエラはほう……と安堵の息をこぼした。後ろにはミス・マザーズデーとMr.2の姿がある。
ここで止められていたら、一巻の終わりだ。

アルバーナのなかは、衝突前の静けさばかりが立ち籠めていた。
その中をただひたすら駆け抜けていく。それぞれ誘き出す場所は、ある程度作戦会議の時に決めていた。
ぱたぱたと鳴る足音に、アリエラの呼ぶ声がまざる。前を走るウソップが、こっくりと頷いてすこし震える手で超カルガモの手綱を引いた。

「止まったわ…」
「何よう、追いかけっこはもう終わりぃ?」

それに合わせて、ミス・マザーズデーとMr.2もぴたりと足を止める。

「うっふっふっふ! よくここまで着いてきてくれたわね!」
「私のお庭での追いかけっこ、どうだったかしら
「ぶるる!」

真っ白なフードをかぶったままカルガモの上でこぼされた声色に、Mr.2は訝しげに唸りを吐き出した。
前者は可愛らしさはあるけれど、“女”とよぶには質感が違うためすぐに男だと理解したが、次いで上がったのは紛うことなく女の声。最後の泣き声は人間らしさを感じなかったけれど。
“あたり”にミス・マザーズデーはそっと口元をたわませた。


アリエラたちのいるポルカ通りからすこし離れて、北ブロック。メディ議事堂通りでは──。

「ストップストップ!」

その名の通り、格式のある白亜の建物がズラリと並ぶ通りで響きのある高い声が動きを止めた。
急ブレーキをかけて超カルガモの足を止めると、ぱた、と音を立てて後ろを振り返る。2匹を追っていた社員、Mr.1とミス・ダブルフィンガーもすこし距離を置いて立ち止まった。不気味なことに、ひとつも息の切れていない様子に超カルガモはぶるっと震えをみせた。

「あんた達勘がいいわ! そう…、私こそがビビ王女!」
「なァに言ってやが……い、言ってるの? 私が真のビビだわよ」
「……」
「あら…」

最初の声は間違いなく凛とした女のものだけれど、後者は反動に声を変えることをせずに発声してしまった上に、女らしく高めても元が低いため高音へと持っていくには不可能である。
ただ違和感だけを残したことばに、Mr.1はすうっと双眸を細め、ミス・ダブルフィンガーはおかしそうに新たな紫煙を燻らせた。


そして、もう一組も。
彼らはアルバーナの外れにいた。ここは、南東門前。
さらさらとした砂の大地のなかに、遺跡の跡形の残された場所で2匹の超カルガモはぴたりと足を止めた。

後ろからはMr..4とミス・メリークリスマスの重たい息が聞こえてくる。
くるりと振り返った超カルガモの上で、ふふ…。と低さの隠れていない笑い声がこぼれた。

「ここまで来ればいいかしら…。面白いように引っかかってくれたわね、あなた達」
「う、うん……」

低いけれど、どこか甘さと艶のある声が荒い息にまざる。
彼のはじめて聞く声色に戸惑いながらこっくりと返す頷きも、女っぽさを感じなくて、ミス・メリークリスマスはサングラスの奥の瞳をギロリと尖らせた。

「さあ、正体を見せてあげましょう」

別れた各地で同時にあがった声。
手を首元にかけて、身を包んでいたフードを大空へと解き放つ。

「残念ハズレ」

太陽のしたに顕となったその姿を見て、やはり各地にいる社員は表情を険しいものに変え同時に息を呑み込んだ──…。


ポルカ通りにも、メディ議事堂通りにも、南東門前にも。
7匹のカルガモの上に、ユートピア作戦の要となる王女の姿はない。
動揺を浮かべる彼らの狙う王女の姿は、アルバーナ西門から直線に伸びた先にある大きな岩陰にあった。

ぴゅうっと吹く風に運ばれた砂塵が、ビビの白い頬を掠める。
超カルガモ部隊の足音も、敵の気配も、全て綺麗に消え去った砂漠は恐ろしいほどに静かだ。けれど、その静けさのなかにごうごうと混ざりはじめた雄叫びにぞわりと肌が粟ぶくのを感じる。

彼らが、もうそこまで来ているのだ──。

「……みんな、ありがとう」

先ほどまで聳えていた敵の姿のない西門前の岩場を見やり、ビビは祈るように顔の前で手を組んで仲間達に感謝を告げた。
この国の運命を握っている手をそっと放して、ビビは相棒にやわらかな笑顔を向けた。

気持ちが昂りすぎているためなのか。不思議と落ち着いていられる心にも感謝を送りながら、ビビは艶のあるカルーの毛をそっと撫でる。

「…急がなきゃ。反乱軍はすぐそこまで来ている」

慈しみながら顎を撫でてあげると、ビビはフードをかぶったまま背にまわり、彼の上へと飛び乗った。

「行くわよ、カルー」
「クエーッ!!」

闇に弄ばれているこの国を、再び太陽の元へと導くために──。



TO BE CONTINUED 原作話-112話




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