171、パーティーのはじまり


「サンジの真似 “肉食ったの…お前かァ?”」
「ぶははははッ!」

再びシーンと静まり返った空間に、ルフィのものまねが突如響いた。次いで空気を揺らしたのはウソップの笑い声。
ものまねの気合いで眉の後ろをくるりとさせたルフィは、指で空気のたばこを挟み、いつもよりぐっと低くした声でサンジ独特の雰囲気のある喋り方を響かせると、ぷはーとエアたばこをふかせた。

「わあ、すごいルフィくん。その喋り方サンジくんそっくり!」
「ヒャヒャヒャヒャ! んじゃあ、おれもゾロ! “鬼ッ”──」
「真面目に……捕まれッ!!」

涙を流し、咳き込んでいたウソップが復活すると、今度は彼がゾロの真似をはじめた。本人かと聞き間違えてしまいそうなほどにそっくりな低い声を絞り出した、その瞬間。
すっくと立ち上がったナミのこぶしにより、ものまね大会は強制的に終了した。がんっ、ごんっ、鈍い音が響いたのちに、むくりと顔を持ち上げたルフィとウソップの頭には大きなたんこぶが膨らんでいる。

「あんたもね、アリエラ」
「う、ひひゃい……」

ウソップのゾロくんが終わったらわたしもトニーくんの真似をしようかなあ。と、アリエラのその企みを見透かしていたナミは、女の子相手に殴ることはしないけれど、ふわふわなほっぺたをむにっとつねってこの状況をわからせる。

「こんな深刻な状況でなんであんた達はッ!」
「だって出られねェからヒマなんだもん」
「出られないから深刻なんでしょーが! で!」

怒りに不服そうに唇を尖らせたルフィにもう一度睨みを効かせたナミは今度、ぐおーっと大きないびきを響かせているゾロの方へと目を向ける。かつかつヒール音を鳴らして、また盛大に拳を振り落とした。

「あんたは何寝てんの!」
「お、もう朝か?」
「もう昼よ!!」

むくりと目を覚ましたゾロは目尻を擦りながらお馴染みの言葉をこぼすから、再びナミの怒号が檻中に響き渡る。 それに、ゆったりと食卓の椅子に腰をかけてワインを愉しんでいたクロコダイルが愉快そうな笑い声をあげた。ゆらゆら揺らしていたグラスを傾け、濃い赤の液体を少量口に含み、こちらを見つめる。

「随分と威勢のいいお嬢ちゃんだな」
「ふんっ何よ。今のうちに余裕かましてるといいわ! こいつらが檻の中から出たらあんたなんて空の上に吹き飛ばされておしまいよ! そうでしょ? ルフィ!」
「おう! 当たり前だ!!」

ナミの問いかけに勢いよく立ち上がったルフィは、彼女の隣に並び、クロコダイルを睨みつけながらぐっと両腕を天に向けて咆哮をあげる。それに、くくくっと、クロコダイルは低い笑いをこぼした。

「随分と信頼されているようだな、麦わらのルフィ」

信頼。もう一度口の中で低く転がして、もう一度ワインを一口煽る。

「信頼とは…この世で最も不要なものだ」
「何よ、あいつ。人をバカにして…!」
「まあ止めとけよ。今にも怒るぜ、あいつも」

むっと柳眉を釣り上げたナミはクロコダイルに一発言葉をお見舞いしようと、ぐっと拳に力を入れたが、慌てたような口調のウソップに肩を叩かれ止められてしまった。でも…、と不満そうにナミが続けたとき。

重たいドアの開く音が、重たく冷たい空気の渦巻く部屋に響いた。食卓の先に伸びるスロープ階段の上。厳重なドアの隙間からは大きな光が差し込んで、すっと華奢な影が伸びた。

「クロコダイル!!」

黒い空気を劈くような、光のある力強い声。階段の真ん中に降りてきた彼女は、ビビだ。逆光により、その顔がより険しさを刻んでいるように見える。彼女の後ろで、ミス・オールサンデーがフフフ、と、嫋やかな笑い声をあげた。

「ビビ!!」

別れてから行方がわからず気にかけていた仲間の姿に、ゾロ以外のクルーが歓喜の声で彼女の名を叫ぶ。だが、ビビの瞳はずっと対峙を願った、全ての元凶であり因縁の相手をただひたすらに睨みつけていた。目を凝らしてみれば、小指に彼女の武器、孔雀スラッシャーが装着されていることに気がついて、ゾロはそっと片目を眇めた。

「ようこそ、アラバスタの王女ビビ。…いや、ミス・ウェンズデー。よく我が社の視覚を破いてここまで来れたな」
「来るわよ。どこまでだって…、あなたに死んでほしいから! Mr.0…、お前さえこの国に来なければ…ッ!!」

刺すようにこぼされたビビの言葉は、ふん、と嘲笑う男の羽織った黒いコートにかき消されていく。くっと歯を食いしばり、ビビはひゅんと風を切る音を響かせた。両小指にはめたそれを器用に回しながら、階段を駆け降りていく。
その姿に、檻の中のクルーはそれぞれ焦りや戸惑いを浮かべていた。

「ビビーーッ!!」
「だめよ、ビビちゃんっ!」
「チッ…、」

ルフィとアリエラの叫びにまじり、ゾロの舌打ちが檻のなかに響く。
いつもは冷静なビビだけれど、いざ目の前にした憎悪の姿に理性は働いてくれなかった。勝ち目なんて、ないのはわかっているけれど。でも、動かずにはいられなくって。
「“クジャッキー…”!!」
声を爆ぜるとともに、階段から食卓へと飛び移り、尚嘲笑を浮かべている男の首に刃を突き刺した。ガシャン、皿達の割れる音。食べ物が床に落ちる音。それに、サァァっと、砂の溶けていく音がないまぜになる。

バクバク、彼女の行動に鼓動をあげていたルフィ達は、首を失ったクロコダイルのその姿を見て悲鳴に近い声を上げた。ビビは、首を狩ったのだ。温厚であり優しすぎる性格のビビの、その無惨な行為にどれほどこの男への恨みが募っているのか、察せられるが……。

失った顔、けれど、わずかの血飛沫すら上がっていなくって、ウソップははっと目を丸めた。血の代わりに溶けているのは、砂漠色の浮遊物。サラサラと乾いた音を立てて、クロコダイルの首元を漂っているそれは、砂だ。それを図ったとき、だんまりで見つめていたスモーカーの呆れに似た低い声が、重たく落とされた。

「…無駄だ」

もくもくとのぼる紫煙は、葉巻のものか、それともスモーカー自身の煙か。それに触発されて、ナミは息を飲んだ。まだ謎の多き悪魔の実。けれど、ひとつ確信を持てるのが首あたりに砂を浮かばせている男の能力と、背後で紫煙を燻らせている男の能力は、物質は違えど類似しているのだろう。

「……気が済んだか?」
「──!」

鉛のように、重たい声がビビの耳の裏で響いた。は、と固唾を飲む。サラサラとした細かい音がすぐ背後で鳴って、背筋にぞわりとしたいやなものが走った。

「この国に住む者なら知ってるハズだ。このおれの“スナスナの実”の能力くらいな」
「! ん、うっ、」
「ミイラになるか?」

椅子に腰掛けていた身体もいつの間にか砂に溶けていて、一瞬のうちにビビの後ろにまわりこんでいた。切断された頭は元通りに胴体とくっついて、大きな体でビビを仕留め、拘束するとその小さな口元を覆う。呼吸を奪うようにぴとりとくっつけた手のひらに、ビビは苦しそうに呻きもがくが大男の力には華奢な体は敵わない。

「コラーーッ! ビビから手を離せェえ!!」
「ビビちゃんっ!!」

噛み付くようなルフィの声に、クロコダイルはまた不敵に笑う。しばらく喉を震わせると、ビビの口元に当てていた手のひらの力をふっと緩めて、彼女が入ってきたドア側の席にちょこんと座らせた。そうして、クロコダイルは自分の席に着く。
長いテーブルの上、散乱している食器や料理を前に、王女とボスが向き合っている。変な行動を取らせないように王女の後ろに、ミス・オールサンデーがそっと立った。

「パーティーが始まる時間だ。違ったか? ミス・オールサンデー」
「ええ」

白いロングコートから懐中時計を取り出す女を見つめながら、ナミは「パーティー?」と、訝しげにつぶやく。

「7時を回った。“ユートピア作戦”がはじまる頃よ」
「ユートピア作戦?」

女の、低い声の告げたその名にルフィはふにゃりとした声をこぼし、首をかしげる。
ユートピア、理想郷。この男は、一体この国で何を企んで何を成し遂げようとしているのだろうか。冷徹な笑い声が響き渡る。そうして、それが止むと同時に彼は睨みつけている王女を見つめ、その表情を撓ませた。

「死ぬのはこのくだらない王国さ。ミス・ウェンズデー」
「……」
「奇しくも、必要な駒が揃っている。どうやら女神とやらはおれに微笑んでくれているらしいな…」

ちらりと、檻の中のアリエラを見遣り、クロコダイルはまた愉しげな笑い声を響かせて、続ける。

「アラバスタをこの地上から葬り去る。生きとし生けるものはきながら永遠の闇に吸い込まれる…それが、“ユートピア作戦”」

にたりと黒い笑みが、ビビを刺すように浮かべられる。
馬鹿馬鹿しい作戦に、ビビは怒りを通り越して呆れを抱いていた。そんな理想郷に反論する気にも起きないけれど。ぐっと下唇を噛み締めて、不気味に喉を震わせる男の顔をただ睨みつけていた。


TO BE CONTINUED 原作170話-106話



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