124、心優しいお医者さま


「ドルトンさん!」
「お願い、ドルトンさん無事でいて!」
 
村人に貸してもらったスノースコップで雪の山を掘り続けるビビとアリエラをゾロは遠くから見つめていた。
 
「誰だそれ…」
「おい、ゾロ! ボサッとしてねェで手伝えよ!」
 
大量の雪をこちらに押しているウソップにそう声をかけられたゾロだが、生憎ドルトンが誰だか分からず、おまけに寒さに身体が悴んで上手く動かないため、見知らぬ誰かの捜索に手を貸すよりも暖を取ろうという選択を下したのだろう。アリエラから貸してもらったマフラーを手にしながら震えていると、目の前に来たウソップが前方を見つめて体を固くしたからゾロも気になってそこに目を向ける、と。
 
「一礼」
「何だありゃ…!」
 
推定5メートルはゆうとある巨大な白くまにゾロはぎょっとして背筋を伸ばした。ウソップのお辞儀にくまもゆっくりと頭を下げて横道を通り過ぎていく。一応形からくまだということはわかるがあまりの巨体と二足歩行にゾロはあんぐりと口を開いたまま遠のいていく後ろ姿を眺めていた。
 
 ──アリエラが好きそうだな…。
 
 そう、惚れた女に思考を持っていったそのとき。
 
「いたぞ! ドルトンさんを見つけた!」
「おっ、ドルトンさん見つかったのか! よかった!」
 
深く掘られた雪の穴から男性の喜ぶ声が風に乗って届いて、ウソップは笑顔で穴の下まで降りていく。アリエラとビビの歓喜も聞こえて、みんな喜んでいるのが場の空気から伝わってくるが…
 
「…だから誰?」
 
ゾロには彼が一体どんな人物で、何があったのかさえも分からないため喜ぶことが出来ずに汗を浮かべて一人ぽつんと寒空の下立っていた。彼はワポルたちに敵わず、胸を数発撃たれて雪に埋もれていたため、圧迫も加わり出血が酷い状態で掘り起こされた。
 
「ドルトンさん!」
「ひどい出血…! ドルトンさん、しっかりなさって!」
 
大きな傷を治すことはできないけれど、聖なる女神の加護を受けたロゼロゼの実は聖なる光と氷結と共に一応治癒能力をも備わっているため、出血を抑えることはできそうだ。
 
「いやしの光よ……“ローゼディア”」
 
横たわったドルトンの出血部位の上で手を組み祈りを捧げると合わせた両手からふわっと桃色の薔薇がこぼれて彼の空いた穴を塞いでいく。まばゆい薔薇の光を受けた胸はこぷこぷ溢れていた血を抑え次第に花弁も溶けて消えていった。村人の感心する声や吐息があたりを包み込み、ビビも「すごい…」と茶色い瞳を震わせていた。
 
「…お嬢さん、悪魔の実の能力者なのか? 治癒系は初めて見たな…」
「ええ。ただ、わたしの食べた実は特殊みたいで…半光半冷の攻撃に加えて薔薇の役割なら果たせますわ。鎮痛や止血がそれに当たるのですが…癒合できるわけではないから治癒能力はありません。だからお医者様に診せなくちゃ」
「すごいわ、アリエラさん。そんな力もあるなんて」
「えへへ。わたしの体力に依存しちゃうからもっと力をつけなくちゃ」
 
アリエラの技、薔薇の芳香にドルトンも痛みが和らいだようでしかめていた表情をすうっと解したのは安心だけれど…。医者、その言葉に村人たちの表情に影がさした。ドルトンがこうなったのは帰還した悪の王ワポルのため。彼は村人の命を人質に取り、医療崩壊を起こしている。自分に反論したワポルが医者にかからせてくれるかどうか…。
この国の状況を把握しているため、アリエラたちもまた瞳を伏せる。ただ、ゾロだけがどうしてそんなに肩を落としているのか理解していなく、首を傾げていた。
 
 
 
その悪の帰還は標高5000メートル上のお城の中にも届いていて。人間の何倍もの嗅覚がくん、と嫌な匂いを嗅ぎ取った。匂いというものは人間の記憶に一番強く残るもの。同時にあの時の映像が頭に流れてチョッパーはトナカイの形へ変化して四足歩行でドクトリーヌのいるお部屋へと走っていく。後ろに「待てーー!!」と声を荒げるルフィとサンジをつけながら。
 
「ドクトリーヌ! ワポルが帰ってきたんだ!」
「……ワポル?」
「…そうかい」
 
うっすらと瞼を開けたナミは聞いたことのない名に疑問を浮かべている。焦っているチョッパーに対してドクトリーヌは薄ら笑みを浮かべるだけだ。だが、何かを考え、飲んでいた酒瓶を手につかむと徐に席を立って入り口で突っ立ったままだったチョッパーに声をかけた。
 
「あいつが帰ってきたら厄介だね。行くよ、チョッパー」
「うん…!」
「ワポルってなんか聞いたことある名だな…」
「ん…」
 
何だかモヤモヤした疑問が残ったサンジとルフィも固い表情のチョッパーにニヤリと笑みを浮かべたドクトリーヌの後ろを追って、ワポルを迎えに玄関の方へと歩いていく。漸く静かになった一人っきりの空間にナミはホッとして布団を持ち上げ、じんじん痛みを覚えていた瞼を閉じて夢の世界へと旅立っていった。
 
ルフィを守るために大量に襲いかかってきたラパーンをワポル、チェス、クロマーリモの三人でやっつけた後にこのドラムロッキーを登ってきていた彼らは登りはじめてから数時間後の今、漸くこの城の住処に辿り着くことができた。
 
「…よお。ここはおれ達の城! 見ろ、何もかもが元のまんまだ! さァ、ドラム王国の復活だァ!」
「お待ちください、ワポル様!」
「お城のてっぺんの旗が…」
「んん…?」
 
チェスとクロマーリモに囁かれて見上げてみると、ゆらゆらと冷風に靡いている黒い旗が嫌に目に写った。これまで掲げられていたドラム王国の旗ではなく、桜模様が目立つ髑髏のマーク。あれは海賊旗だ。
 
「ん…何だあの妙な旗は! ドラム王国の国旗はどうした!?」
「ヒーッヒッヒッヒ…燃やしちまったよ、そんなもん」
 
ぴゅうっと強い風が吹きすさぶ中、魔女の笑い声が反響した。こちらもまた、彼らにとって嫌に聞き覚えのある声だ。はっと双眸を声の元へと滑らせる。お城の正門に向けるとすらりとした長身の女性とトナカイに変化したチョッパーが威嚇するように立っていて、やはり、と眉根を寄せた。
 
「出てきやがったな、Dr.くれは! 医者狩りの最後の生き残りめが!」
「この城はもうお前のものじゃないよ。お前らのような腐ったガキ共がくるところじゃないんだ、出ていきな! ドラム王国はもう滅んだんだよ!」
「なあにい!?」
 
横にも大きな体を揺らしながら低く呻きをあげたその時。
 
「待てェえええ!!」
 
正門の奥の方からルフィの声が轟き劈いて、ワポルたち三人はくるりと目を丸めた。奥から出てきた麦わら帽子に赤いベストの人物を確認すると共に「そいつはおれがぶっ飛ばす!!」と拳をぐいーんと伸ばされ、ゴムゴムのピストルを食らったワポルは後ろの方へと飛んでいった。
 
「「ワポル様!!」」
「あ…、腕が…」
「ヒヒヒ…」
 
このドラムロッキーのてっぺん隅にいたワポルは、ルフィの強烈なパンチを喰らい風に飛ばされ落ちていったが、側近二人に寸前で足を掴まれ、なんとか5000メートル下へ落下を防げた。「あ、危ねェ…」と汗に濡れた声が静寂に反響する。
一方、チョッパーは伸びたルフィの腕に瞳をまんまるに丸めて呆然と見つめていた。どうして人間があんなに腕伸びるんだ…?不思議に包まれている彼の隣で、察したドクトリーヌは楽しげに笑っている。
 
「お前らよくもやってくれたなァ! 次から次へと何度邪魔したら気が済むんだ!!」
「…あ、あいつら何でここに」
 
ふん、と怒りをむけているルフィの背中を追いかけてきたサンジは崖っぷちで激しく息を切らしている三人の姿を捉えてぎょっと紫煙を吐き出した。奴らの姿を頼りに記憶の糸を辿ってみると。女子部屋でナミの看病をしていた数日前、突如奇襲をかけられたことが甦った。サンジも男の顔をいちいち覚えているわけではないが、彼はありえない方法と食材で食事をとっていた為にその姿は鮮明に覚えているのだ。
 
隣に並んだコックの声にルフィはふん、と鼻を鳴らす。
 
「あん時は怪我人しょってたから手を出さなかったけど…、もーう我慢しなくていーんだ!」
「貴様! ドラム王国の王、ワポル様に向かってなんて無礼な!」
「そうだ、ワポル様は王だぞ!」
「知るか! お前らムカつくんだ!」
 
雪山を歩いているときに“雪化粧”と称した奇襲にかけられたルフィはナミを背負いサンジを抱えていたから手も出せず、激しく交わすこともできずに絶体絶命だった。ラパーンが助けてくれなかったらナミはあそこで息絶えていたかもしれない。負傷者にも関わらず攻撃を仕掛けてきた悪どさはルフィの逆鱗に触れていて、今はもうそのハンデがないために両手で口端をびよーんと伸ばして彼らに威嚇を見せた。
 
「…おい、若造。あいつらを知ってるのかい?」
「ああ! 海賊のジャマ口だ!」
「ジャマ口?」
「邪魔ばっかすんだよ! 船食うし仲間襲うし! もう許さねェぞ、おれは!!」
 
相当頭にきているルフィは激しく地団駄を踏んでいる。だが、その姿も恐ろしく寒そうでサンジは呆れながら唇を薄っすら開いた。
 
「それよりよ、お前寒くねェのか?」
「……え、?」
「ほーらみろ」
「…あいつらさっき王って言わなかったか!?」
「そっちかよ!!?」
 
この極寒地でノースリーブに素足でいるなんて考えられない。また凍傷を負うかもしれないのに、ルフィは寒さよりも奴の正体に驚愕をあげてサンジは激しくツッコミを入れた。その大きく爆ぜた声にワポルもふんと胸を張る。
 
「やっと無礼に気づいたか。ワポル様はこのドラム王国の国王にあられる! 貴様らに会った時は訳あって海賊を名乗っていただけだ!」
「今はとっとと海賊をやめてこの城の主人に戻られるのだ!」
 
ワポルの一歩前に出て、そう放った側近の二人だが──。
 
「おいっ、ここ寒いぞ!?」
「だから言ってんだろうが!!」
「−50度だよ!?」
 
かなりの時間差で寒さに気づいたルフィは体を抱きしめてブルブル震え始めたため、彼らの言葉は一文字も耳に入れていなかった。サンジとチョッパーもそちらの反応に忙しくてルフィ同様ワポルへの聞く耳を閉じている。その姿はあまりにも無礼でワポルはゆっくりと眉根を寄せて、ふん…と息を吐く。
 
「「あいつら…完全に我々をナメている!!」」
「おれ様はもう怒ったぞ…! 麦わら…てめェを食いちぎってやる!!」
 
完全に彼を獲物と見て、布告をしたワポルだが…。あれ?と三人は首をかしげた。さっきまでそこにいたはずのルフィの姿が忽然と消えていたから。三人の様子に気がついたサンジは、たばこを吹かしながら、ああ…と双眸を彼らに向けた。
 
「ちょっと待て。ルフィ、今服取りに行ったから」
「何なんだよ、てめェらは!!」
 
この自由奔放ぶりといったらまるで一国の王のようだとワポルはぐつぐつ怒りを腹の奥で煮立たせている。王はこのおれ様だというのに…! ぐっと奥歯を噛み締めて耐える様子に二人の側近はふっと口角を持ち上げた。
 
きっと彼らは本気で戦いを持ちかけるつもりだ。チョッパーは奴らの様子をじっと見つめながら、ぼそりと声を冷たい空気に震わせた。
 
「…なあ。聞くけど…あいつさっき腕が伸びたぞ?」
「あァ。伸びるさ、ゴム人間だからな」
「な、何だそれ…」
「……バケモノさ!」
「……え、」
 
そんな人間聞いたことねェ、と瞳を細めたチョッパーにサンジはにっと笑みを描いて優しい一言を彼に投げた。さっきのお茶のときにドクトリーヌから彼の過去を少し聞いていたのだ。ずっとひとりぼっちで生きていたこと、恩人でありたった一人の仲間が亡くなったこと、医学を学びたいと願ったきっかけのこと。それらを聞いた上で、彼の苦い思いを汲んで、けれど湿っぽくならないように背中を押したサンジの優しい一言にドクトリーヌも満足げに笑みを浮かべている。
チョッパーも瞳を震わせて、ばけもの…とこぼし、雪を見つめた。
 
「…つまり! この城には反逆者のババアと麦わら達がいる。こいつらを消せば歯向かう奴らはいなくなる! まずはお前だ、Dr.くれは! 住み着いて旗まで立てやがって…!!」
「この城はヒルルクの墓なのさ。あたしゃ別に興味はなかったけどね…。このトナカイがここに立てるってきかなくてね」
「…ここは最期の場所だから! ドクターはここで死んだんだ…国を救おうとして…! だからここはドクターの墓場なんだ!!」
「まーっはっはっは! 墓場だと? あのバカ医者の?」
 
邪魔者が一人減った方がやりやすいと踏んだワポルは、ルフィ不在のまま続けたが奴にとって衝撃的な展開についつい笑いが溢れてしまったようだ。ひとしきり笑ったところで、また徐に唇を割った。
 
「おれ様の城をカス医者の旗で汚しやがって…! とっとと消せ、あの旗!!」
「はっ、ワポル様!」
「……!」
 
炎を操れるチェスが頷き一歩前に出ると、瞳のかげを濃くしたチョッパーが怒りのままその姿を巨大化させた。二足歩行で立ち隆々としたその体格にワポルたちには甦る記憶がある。
 
「ん…? あいつは…」
「そうですよ。あの時のバカ医者を追ってきたバケモノです」
 
ヒルルクがその身を爆破して命を立ったとき、高らかに笑ったワポル達を目掛けて走ってきたチョッパーのあの時の姿。やられると思ったその時、ウシウシの実に変化したドルトンが彼に対抗し「君までこの国の犠牲になるな」と涙の訴えを投げたために、ワポルたちはそのとき無傷ですんだが…。あの時の獣の瞳を思い出してブワッと鳥肌を立たせた。
 
「あの旗はドクターの信念だから…絶対に降ろさせないぞ!!」
「ふん…、容赦するな! 中に入ってこの城にいる奴は全員やっちまえ!」
「「はっ!!」」
 
いよいよルフィ不在で戦闘の火蓋が落とされたこの状況に、サンジはふう…と紫煙を肺に送った。彼らには一応、ナミが高熱で苦しんでいるときに船を激しく揺らした恨みがある。トントン、地につま先を叩きつけて、隣のドクトリーヌに青い瞳を流す。
 
「バアさんも戦うのか?」
「…バアさん?」
「いてっ、」
 
ついそう訊ねてしまったら拳が頭に返ってきた。ぷっくり膨れたたんこぶをさすっていると、「お前らの手に負えなかったら助けてやるよ」とニンマリされて、サンジは「そりゃどーも」と痛みに唇を尖らせながら返した。
 
「ワポル様、ここは私にお任せを! 雑魚はすぐに掃除いたします!」
 
クロマーリモが数歩、前に出てドクトリーヌと一定の距離を取るとボクシンググローブを一振りした。どういう原理なのか、アフロが浮き出てドクトリーヌ目掛けて真っ直ぐ飛んでいく。彼女の顔にそれが直撃する、そのとき。長い黒脚がすっと彼女の前に盾のように現れ受け止めた。
 
「ヘイヘイヘイ、アフロマン! てめェレディーに向かってアフロ飛ばすとは…どんなブラザーソウルしてんだよ」
「フン、分かってきたじゃないか」
「かかったな…」
「はあ?」
 
ドクトリーヌに当たらなかったことに対して何にも文句をつけず、彼はサンジの足にもふっとついたアフロに得意気に笑っている。その笑顔の意味がわからず、サンジは首をかしげるが。ここでふと気づいたことがある…。さっきから脚にくっついているアフロが取れないのだ。
 
「うわうわうわ! なんだこのアフロは! 静電気か!?」
「その通り!」
 
ぶんぶん足振るうけど、一向に取れる気配がなくサンジは必死だ。こんな不恰好で気持ち悪ィもんつけたくねェ! もし今アリエラちゃんがこの場に訪れたら…そう思うともうやけだ。
 
「まだまだ出るぞ! “エレキマーリモ”!」
 
ぶん、と投げつけるとサンジの右肘と左ウエストにまた もわもわのアフロがひっついた。
 
「うおあっ! なんだこのアフロは! 地味だし気持ち悪ィ!!」
 
じたばた動いてみるが、この寒い中静電気が溜まっているせいで離れるどころかより引っ付いてくる気配がしてサンジはゾッと背筋を震わせた。
 
「おい、トナカイ! 見てねェで助けろ!」
「よ、よしっ!」
「これ取ってくれ、早く!」
 
大きな体をサンジの方に近づけると、しめたとサンジは彼の太い腕にもふもふを一個くっつけ渡した。毛で覆われているとはいえ、サンジとは違って生身に受けた気持ちの悪さは一級品。全身の毛を立たせながらチョッパーはぶんぶん腕を振るうが、サンジ同様に取れない。
 
「おれにくっつけんなよ! 返す!」
「返すな!」
「返すよ!」
「いらねェよ!」
「…お前ら何やってるんだい」
 
アフロを渡したりつけられたり。それをずうっと繰り返している二人にドクトリーヌは双眸を細めて呆れをこぼす。どうやら、手でとることはできないがくっつけながら相手に渡すことは可能らしい。そんな二人の状況に「ふん、チームワークがなってねェな」とワポルは鼻を鳴らした。
 
「言っておくが…そのエレキマーリモ、地味な割りによく燃えるんだぜ」
「ん…、やっべェ! あいつアフロ燃やす気だ!」
 
必死ながらもチェスのその声はサンジの耳によく届いていて、炎付きの弓を射り始めたその姿を見て冷や汗を浮かべながらチョッパーに目を向けてみると…、
 
「おいコラ! どこ行くんだ!?」
「おとり作戦だ!」
「おれがおとりかァ!!」
 
彼は四足歩行で走り出してサンジは選択肢もなくおとりになったのだが…放った火の矢が足のアフロを掠って引火した。サンジの足は炎に包まれて。熱ィ熱ィと暴れ回っている。が、ここは一面雪地帯。すぐ足元に鎮火剤があって、雪をかけている内におとりだと言って走り出したチョッパーがワポルたちを目指して飛び込んできた。
 
「この国から出てけェ!!」
「何っ!?」
 
まず最初に拳を振りかざしたのは弓を射ってるチェスだ。だけど、奴のすぐ後ろにはワポルがいる。戦い慣れていないチョッパーは必死で気がつかなかったが…。
 
「どけチェス!」
「ワポル様!」
「…! あのトナカイ…しまった…!」
「チョッパー!」
 
状況を瞬時に理解したワポルが大きな口を開けてチョッパーを食もうとしたのだ。熱さにやられていたサンジはこのまま飛んで行ってもワポルに巨大な蹴りを入れることができない。ワポルは完全にチョッパーを邪魔扱いしているからこのまま飲み込むつもりだ。ドクトリーヌも汗を浮かべて彼の名を叫んだ、そのとき。
 
「いやああったけあったけェ!」
 
この緊迫した状況に似合わない声が門の方から聞こえてきて、サンジはその声に引かれると同時にこの状況を打開する案をひらめいた。ぐっと長い脚をまっすぐ横に伸ばしてルフィに顔を向ける。
 
「ルフィ! そっからおれの足を掴むんだ!!」
「ん? 足? こうか?」
 
きょとんと首を傾げたルフィだが、何も疑うこともなくすぐに両腕を伸ばしてサンジの足を掴んだ。とても抜けている船長だが、こういう戦闘状況では頭の回転が早くなるらしくこの危機一発状況をどうにか救えそうでサンジはにっと口角をあげた。
 
「よし、その手を離すなよ!」
「おう!」
「“空軍(アルメドレール)”…“ゴムシュート”!!」
「うっほいっ!」
 
サンジの桁外れの脚力でルフィを勢いよく力強くワポルの元まで飛ばすと、チョッパーを足元までもぐもぐ食んでいたワポルは目の前に迫ってくる凄まじい人間大砲にぎょっと目を見開かせた。
 
「んぬァあぬいィ! 回転も加えてやがる…!!」
 
チョッパーを飲み込んでいる巨体を瞬時に避けることはできずに、ワポルは腹にルフィを思い切り食らうことを決意した。勢いは想像の倍を超えていて飲み込んだチョッパーを吐き出すことは容易いほど。カバのロブソンがクッションとなり、ワポルが空高く飛ばされることはなかったが…それにしても物凄い威力だ。咳き込みながら雪の上にばたりと倒れ込んだ。
 
「ふう…まずまずかな」
 
チョッパーの救出とワポルのぶっ飛び具合にサンジはたばこを吹かしながら満足気に微笑む。ルフィとチョッパーも走って彼の隣についてこの状況をじいっと眺めていた。
 
「すげェんだな…おまえたち」
「おいルフィ! それナミさんのジャケットじゃねェか!」
「うん。いやあ、あいつまだ生きてんぞ」
「 脱げ! 早く脱げェ!」
「カバは飛んで行ったけどな」
 
ルフィとサンジの力と強さにチョッパーは海賊ってすげェな…と少しきらきらした目を向けているのだが、サンジはナミさんのジャケットに必死だしルフィはそれをなんと無しに聞いて、カバロブソンが飛ばされて行った方角を見つめている。
 
「わ、ワポル様…! ご無事であられますか!?」
「奴ら想像以上にできますぜ! 侮った…!」
「殺すぞ…あいつら…!!」
 
その間、チェスとクロマーリモは倒れたワポルの顔を覗き込んでいたが、主人のそれはひどく怒りに満ちていて久しぶり…いや初めてなのでは、と思うほどにごぷりとしたものを感じ取った。その次の瞬間、
 
「見せてやる…“バクバクファクトリー”!!」
 
ギラリと瞳を尖らせて、心底恨むようにそう絞り出した。
 
 
 
next..→

 

1/2
PREV | NEXT

BACK