きみとみる未来

そりゃあ、どえれェ賑わいだった。そうだよな、20年越しの夜明けだもんな。
ふと、ナミさんの村のことを思い出す。ココヤシ村、あの自然豊かな美しい島の夜が明けた際にも花火が何発も打ち上げられた。その時も、こうしてなまえちゃんと腕を組んで歩いた。当時はまだ知り合ったばかりだし、もちろん恋人同士でも想いあっていたわけでもねェ。ナミさんにもなまえちゃんにも特別な想いはあったが、そりゃ仲間だっていう意味合いがあるからだろう。
あの時はまさか、一人の女性をこんなにも愛する日が来るとは、海賊になったばかりのおれには予想もつかなかったのだ。



ずらりと並ぶ屋台を抜けると、おれとなまえちゃんは組んでいた腕をほどき、指を絡めて手を繋ぐ。美しい赤の浴衣を着ているなまえちゃんは、幸せそうに微笑んでいる。花火が彼女の白い肌に光をうつす。風がそよいで、絹のような髪の毛が踊る。一瞬一瞬のすべてが、美しくって、かわいらしくって、おれの胸をくすぐる。この子は、出会った頃からずっとおれの光だった。

「うん、このへんなんてどう? サンジくん」
「ああ。人気もねェが、祭り囃子は聞こえるな。さすがなまえちゃん。いい場所だよ」
「気に入ってくれてよかったあ。みんな、わたしたちが抜けてきたこと気づいてないわね」

なまえちゃんはいたずらっぽく笑う。まだちょっぴり幼さの残るその笑い方が、おれは大好きだ。今すぐにでも抱きしめてェ気持ちを抑えて、おれは、彼女と向き合った。
ドォン、と花火の上がる音が響き渡る。光の華が満開に咲くのを、おれとなまえちゃんはちらりとみあげた。お互い、緊張を逃してるみてェだ。そりゃあ、そうだよな。
吸っていたたばこを捩じ潰し、携帯灰皿に入れる。
おれの行動になまえちゃんの雰囲気がきゅっとしまるのを感じた。頭一個分下にある彼女のお顔を見れば、ほんのりとピンクに色づいている。ああ、もう。いじらしいなァ。やっぱ抱きしめてェ気持ちにかられるが、そりゃあとだ。

「なまえちゃん」
「は、はい」
「左手、出してくれねェか」
「うん」

おれに向けて、おずっと持ち上がる腕がやっぱクソ愛おしい。細い、白百合のような美しい手を支えるよう、おれがそっと触れると、熱を持ったみてェな温度に触れた。
前のおれの誕生日、恋人のなまえちゃんから薬指の指輪をもらった。
震えるほどに嬉しかったあの気持ちは一生覚えてるに決まってる。次の、なまえちゃんの誕生日に、今度はおれから贈らせてくれねェか、と彼女に約束した。花が咲いたように笑ったなまえちゃんのその愛らしさは、世界が滅んじまいそうなくれェに可憐で、その時が来るのが待ち遠しかったが、おれの身にふりかかったあれこれで、色々と遅くなり、気が付きゃ、おれの誕生日にさえ差し掛かっていた。

「なまえちゃんは、この世の何よりも美しい。そりゃあ、なまえちゃんの心が無垢ってのもでけェんだろうな。きみはずっとおひさまの中で笑っててほしいよ」
「……それは、サンジくんこそよ。誰よりも優しいあなただから、誰よりも温かい場所で幸せになってほしいの」
「ありがとう。きみの言う温かい場所になまえちゃんはいるかい」
「うん、いる」
「一生?」
「ええ。永遠」
「あはは、うん。そうだな、おれもなまえちゃんに対しては欲深ェよ」

すらりと長い指にキスを落とす。ああ、こうしてなまえちゃんに触れるのも長らくぶりだ。一時は、こうして最愛のレディと逢瀬することすらもう叶わねェものだと、己の中で誓いににた決意があったのも事実。たとえそこに理由があろうが、おれはなまえちゃんに恋人として顔向けできねェことをやってきた。けれど、彼女はおれの帰りを腕を広げて待っていてくれていた。
謝ろうとした口を手で塞がれて、涙に濡れた顔でおれの心を溶かしてくれた。
ああ、愛ってのは、怖ェと思った。おれは、この子に出会えて、あの人やジジイからもらった愛とはまた別の、愛することの喜びっつーあったけェ愛を知ったのさ。
だから、おれはおれなりになまえちゃんにだけは正真正銘の誠意を見せることにした。
恋をしっかり意識してから、おれはみんなといるときはさりげなく、なまえちゃんと二人っきりの時は一切、数多のレディーたちへ投げるような大袈裟にも見える愛を見せずにいる。彼女もそこからおれの本気を受け取って、おれたちは晴れて恋人同士になったのだ。

「本当に、誰よりもクソ綺麗だ」
「えへへ、ありがとう」
「好きだぜ、なまえちゃん」
「ふふ、うん。わたしも」

ああ、照れちゃってかァわいいなあ。おれの視線から逃げるように、なまえちゃんは目を泳がせた。おれは、握っていた片方の手を開き、器用に手のひらを動かし、ぬくもりを帯びた指輪を彼女の薬指の前へと持っていく。

「サンジくん……」
「遅くなってごめんな、なまえちゃん。まだまだ約束はできねェ場所にいるが、これはきみがくれたもののお返しじゃなくてな、おれの気持ちだよ」
「うん。……うん、サンジくん、」
「おれが愛するレディは世界中でたった一人……なまえちゃん、きみだけさ」
「うん、っ」
「永遠に。これだけは、たとえ死んでも変わらねェよ」

言いながら、おれはなまえちゃんの薬指にそっと指輪をはめる。お互い口にはしねェが、これはおれたちにとってのエンゲージリングだ。おれが彼女からもらった指輪にはおれの誕生石であるアクアマリンがあしらわれている。通常、エンゲージリングってのは相手の誕生石の入った指輪を贈るのが主流だから、おれもなまえちゃんの誕生石の入ったものに決めたのだ。

「きれい……。サンジくん」
「ああ、本当によく似合ってるよ」

薄暗い場所でもよくわかるくれェに。
おれの左手を差し出すと、なまえちゃんははっとして、月にかかげていた手を下ろした。おれの隣に並ぶ、小さな手。お互いの同じ指にそれぞれの誕生石を込めた、愛の誓いが輝いている。

「サンジくん、本当にありがとう。こんなにも素敵なプレゼントをもらったのは生まれてはじめてよ」
「それはこちらこそだぜ、なまえちゃん。これからは……いや、これからも。おれの隣で笑っててくれ」
「サンジくん。わたし、あなたに出会えて本当によかった。愛ってこんなにも温かいものなのね。生まれてきてくれてありがとう、サンジくん。サンジくんこそ、わたしの光よ」

おれは、言葉を返すことができなかった。たばこのねェ口元がやけにすうすうするのに、喉元に込み上げてくるものは火傷しちまうくれェに、熱い。
なまえちゃんはおれの気配に気づいたのか、優しく、でもきつくおれの体を抱きしめた。おれも、なまえちゃんを抱きしめ返す。
再び知ることとなった過去の蟠りやこれからの懸念がするりと解けていくような感覚がからだを包み込む。
なあ、これほどまでのレディって他にいねェよ。おれァなんて幸せ者だ。


遠くでブルックのアナウンスが反響している。次いで、会場を優しく包み込む、日和ちゃんの三味線。月姫っつーんだっけな。この曲にはたくさんの愛が詰まっているのだと言っていた。
鼓膜を包み込む愛の音色、繋いだ指先から伝わる彼女の温もりを通した脳裏に母と姉、ジジイの顔が浮かぶ。
おれに、愛をくれた人。愛することを、教えてくれた人。

「なあ、なまえちゃん。きみは女神のように美しいから、白無垢も似合うと思うよ」
「白無垢?」
「うん」

おれも先日はじめて知った言葉だ。なまえちゃんは不思議そうに単語を繰り返してる。
おれの隣で真っ白な花のように咲くなまえちゃんを想像する。うん、やっぱ、クソ綺麗だ。
この先、まだどうなるか想像すらつかねェが、うちの船長が海賊王になった暁にゃなまえちゃんのことを世話になった人々に、何よりも東の海にいる父親に、紹介してェと、心の底から思った。


2024年3月2日、サンジくんお誕生日おめでとう。あなたにとびきりの愛を。

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