君にありったけの愛を叫びたい | ナノ



   星の降り注ぐ夜





この訳の分からない世界にやってきてしまって三年が過ぎた。三年も経てばこの世界のこともだいたいわかってくる。思えば私はラッキーだった。道端に倒れていたところを老夫婦に拾ってもらったんだから。拾ったのがゴロツキとかの類だったら犯されて殺されるか、娼館に売り飛ばされるか、どっちにしろ碌でもない目にあっていたのは確実だった。
老夫婦は貧しい暮らしをしていたけど、前はこの国の官僚の様な職についていたようで博識な人たちだった。言葉もわからない、そもそもその時の状況を把握しきれてない私に根気強く一からすべてのことを教えてくれた。その教えのお陰で今私は下女なんていう仕事につけている。
宮中は陰謀が渦巻いており、例え下女でもその陰謀に巻き込まれることがあって危険だと反対されたが、給金がいいのが一番の決め手だった。貧しい中、私という人間の面倒を甲斐甲斐しくみてくれたこの夫婦に恩返しがしたかった。考えに考えた末、結局お金で恩返しする方法しか思いつかなかった。
下女になるのもそう難しいことではなかった。女官くらいになると、それなりの身分が必要になるようだったけど、下女なんてものは掃除や洗濯、給仕など日常生活の雑務をするだけの役割しかない。出自がしっかりしており、そこそこの教養さえあれば入れるものだった。正直に言えば私の出自は怪しさ満点だったが、仲良くしていた商人の口利きでつい半年前から下女として働くことができていた。
量が多いが、やることは普段やっていると変わりなかったので苦でもなかった。女の職場なので、いろいろと面倒くさいことも少しはあり、ストレスにもなる。かといって前の世界のように娯楽が充実しているわけではない。読みものもこちらでは貴重なものでそうそう手に入らない。
結果ストレスが溜まってきたら星空を眺めるようにしていた。夜も光で溢れて星が霞んでいたあの世界とは正反対で、こちらでは夜になれば光は最小限になり、真っ暗な中に小さな星の光がよく見える。空を見ると自分がちっぽけな存在に思える、なんて陳腐な言葉もこの夜空を見れば本当にそう感じた。空だけは変わらない。少ししかない共通点にどこか懐かしさを感じているのかもしれない。


「佳奈、あんた仕事は?」
「先ほど終わりました」
「そーなの?じゃあわたしの仕事あとやっておいて。どうせ予定ないんでしょ?男っ気ないもんねアンタ」


馬鹿にするような笑いと一緒に彼女は去っていった。大方男との約束でもあるんだろう。なら自分で時間までに終わらす努力をすればいい。が、どうせそう言ってもむしろ逆効果なのはこの半年の付き合いの中でわかった。
それに予定がないのも事実。仕事の時間が少し伸びただけだ。終わったらあの場所に行ってまた星を見よう。そう思って去っていった彼女の仕事に手を付けに行った。





誤算だった。あの女は与えられた仕事の半分以上もやっていなかった。今まではそこそこやってあったから今回も気を抜いていた。腹立ちもあったが、結局自分があの女の仕事を肩代わりして甘やかしてきたのがいけなかったのだ。そう言い聞かせてなんとか気持ちを落ち着かせる。
そうして仕事をすべて終わらせて一息をつき、持っていた時計を見れば針は十二時を過ぎていた。疲れも有りため息も出たが、持っていた飴をこっそり口にいれて少し元気を取り戻して、あの場所へ向かった。

ここは宮中の中で一番星が綺麗に見える。時々ここへ来て星を眺めて、自分の気持ちをリセットするのだ。実は皇室の人々の私室の近くだったりする御蔭で穴場ではあるが、いつ見咎められるかひやひやものだったりする。
それでもこの満天の星空には変えられず、ついつい足が伸びてしまう。ここでははしたない行為となるが、見ている人もいないし気にせず床にごろりと寝転ぶ。ああ、いつ見ても綺麗だな。


「星が降ってきそう」
「わからんでもない」
「だよね」

あまりにもたくさんの星にポツリとつぶやくと、なぜか返答があった。あまりにも自然だったので特に考えず相槌をうってしまったが、ここにはわたししかいないはず。そっと声の方を見れば暗闇の中によく映える、紅い髪が見えた。ここでもう皇族であるのは確実である。更にたどっていけば見える髭。練家の中で髭を生やしているのはたった一人。この時点でわたしは首も覚悟した。死ぬことはないように、と心のなかでひたすら祈りもしたが。
ただ慌てて取り繕ったところで、この寝転がった状況のあとでは白々しい。もうこのスタンスを貫いたほうがいっそ清々しいのかもしれない、なんて思ってしまった。それに興味があったのだ。皇族なんて元の世界でもこの世界でも無縁な人たちだった。どんな人なんだろうか。そんな好奇心が心の隅にあった。


「このような格好で御前失礼致します」
「構わん。そのような格好から取り繕ったところでしようのないことだ」
「恐れいります閣下」


ありがたいことに帰ってきた言葉を聞けばお怒りではないようで、少し胸を撫で下ろした。しかしこの後をどうするか。この人のことは気になるが、よく考えれば話すことも特にないし、そもそも彼はなんでここにいるんだろうか。いや、でもここは私室の近くでいてもおかしくない。むしろ私がいるほうがおかしいのだ。
そんなことを考えていれば彼の人はいつの間にか隣に腰を掛けていた。あ、立ち去る機会が消えた気がする。


「お前はよくここに来るな。星が好きなのか」
いかんばれてた。
「は…ここが禁中で一番よく星が見えますゆえ…皇族の皆様方のお部屋の近くでご無礼仕り申し訳ございません」
「気になるものではない。無礼でもないだろう。では時折聞こえる歌もお前か」
「…はい。お耳汚し重ねてお詫び申し上げます」


星を見ているとき、時々歌を口ずさむことも度々あった。元の世界を忘れないため、というのもあったと思う。下手ではないとは思うが、うまくもない。禁中に仕える歌い手と比べれば月とすっぽん並みだ。
それがまさか聞かれていたとは。元の世界の歌だから曲調もこの世界の人からみれば馴染みのないものだろう。だからきっと耳に残ってしまったんだな。ここに来ているのを知られていることもだが、口ずさんでいた歌さえも聞こえていたのは…妙な気恥ずかしさがでてきた。


「歌え」
「…畏まりました。それでは禁中で一番の歌い手を呼んでまいります」
「お前が歌うのだ」

やっぱりかい。心のなかは落胆でいっぱいだった。勘弁してくれほんとに。聞けない程でもないが、聞くほどでもない。わたしの歌声なんてその程度なのに。


「恐れながら申し上げます。わたくしの歌など閣下のような高貴な方のお耳にいれることすら…」
「くどい。歌え」
「(俺様…いや総督閣下様か)…では、失礼致します」


威圧感が更に増して、顔も益々怖くなってきて断りきれなくなった。まあ正直命令されれば断れない立場であるし、きっと一回聞けば満足するか落胆するか。どっちにしろこれで関わるのも最後だろう。


「星の降り注ぐ夜に―――」





「―――ご清聴誠にありがとうございました」
「ああ。――――王郭と王琳は息災か」
「…はい。病に伏せることもなく、仲睦まじく過ごしております」
「ならばいい。二人共有能な人材だった…王郭は俺の師でな、王琳は幼少の頃世話になった」


それは初めて聞いた。二人共昔の仕事のことを進んでは話そうとしなかったし、わたしも特に気にしていなかった。皇子にも関わりがあったということはそれなりの官職についていたんだ。皇子の師をしていたなら博識というのも納得できるし、所作ひとつひとつが丁寧なのも頷ける。
表情を見ればさっきよりも和らいだ顔をしている。二人のことを信頼していたんだろうなあ。わたしに話しかけたのも、二人の世話になっていた小娘がどんなやつか見てやろう、なんていう興味でも湧いたんだろう。それなら納得できる。
そう考えながらまた夜空を見上げれば、星がひとつ流れた。

「あ、流れ星」
「流れ星?」
「(いかん無意識だった)流星のことです。わたくしの国では流星が流れている間三回願いをいうと願いが叶うという伝説がありまして、幼少の頃は目を凝らして流星を探したものです」
「…そうか」
「はい」

そうしてまた空を見上げた。皇子も同じように夜空を眺めていて、静寂な空間ができた。気まずさなど微塵もなく、寧ろ心地いい空間だった。
飽きることなく眺めていると、くしゅんとくしゃみをしてしまった。日中は暖かいが、夜にもなればまだ少し肌寒い季節。仕事終わりで身体も火照っていたが、長い時間薄着でいれば身体も冷える。そう思うとじわじわ寒さがやってきた。風邪を引くのもまずいし、いやその前に皇子の前でくしゃみなんてしてしまったことを謝らなければ。
そう思って口を開くと肩に何かがかけられた。少し温かく、気品のある香りがふわりと薫った。その暖かさにほっとしたのもつかの間、この場にいる人物のことを思い出せば一気に覚めた。

「掛けていろ。冷えるぞ」
「か、閣下!もったいのうございます。閣下こそお風邪をひかれてはいけません。わたくしなど気にせずこちらをお召下さいませ!」
「この程度で風邪をひくほど軟弱な身体でもない」
「(優しいけどその優しさがとてつもなく怖いんだが。でもここで断ったら…あ、顔が般若になりそう)…閣下の恩情、ありがたく頂戴いたします。」
「ああ。――――もう夜も更けた。早く部屋へ戻るといい」
「はい。では閣下失礼致します。おやすみなさいませ」


一礼してその場を後にした。しかしあの優しさはなんなのだろうか。噂では皇子は血筋を気にしない人だと聞いたが…それとこれとはまた違う。昔世話になった二人と関わりがあるから?珍しい歌を歌っていたから?
考えれば考えるほどわからない。自室に戻って少し考えたが、結局気まぐれだろう、という考えに落ち着いた。それにきっともう関わることもないだろう。少し惜しいがもうあの場所には行かないようにすれば会うこともない。それでいい。
そうしてやっと眠りについた。――――――ただ少し、あの静寂な空間をもう二度と感じることができないのが少し残念に思った。



(…そういや借りたこの服どうやって返せばいいんだ…)



***
ヒロインは30手前くらいのつもり


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