意地っ張りな、
「堺ちゃーん、ドリア食べたーい」
「堺ちゃーん、ロールキャベツ食べたーい」
「堺ちゃーん、クラムチャウダー食べたーい」
「堺ちゃん堺ちゃん堺ちゃん」
「あーうるせぇ!俺はお前の主夫じゃねぇ!」
意地っ張りな、羽村佳奈はいわゆる俺の幼馴染だ。家が隣で、母親同士が姉妹のように仲が良かったのもあってか、小さい頃から兄弟のように育った。昔は良則ちゃんと呼ばれていたが、小学校に入った辺りからいい加減恥ずかしくなってその呼び方をやめるように言うと堺ちゃんと呼ばれるようになった。未だに納得はしていない。
それはともかく、俺たちは幼稚園から始まり、小学校に中学高校を共に過ごした。俺は高校卒業後はプロに行ったからそこでぱったり。
かと思いきや、数年前に俺の隣の部屋に引っ越してきた。
『おーっす堺ちゃんひさしぶりー!』
昔から変わらない馬鹿みたいな笑顔を見た瞬間、なんとなくホッとした。流石に外見は多少、多少!大人っぽくなってはいたが、中身は対して変わっていなかった。
ほぼ毎日のように夕食を要求してくるし、いつの間にか勝手に家に入ってるし、寝てるし。誰の家だと思ってんだ。昔なら特に気にもしなかったが、今では問題になる。
仕事で海外に行っていた彼女から、来週戻ってくると連絡があった。プライドが高い彼女が佳奈を見たらなんて言うかわからない。
ソファーに横になりながら寛いでいる佳奈に俺は言った。
「佳奈、そろそろ俺の彼女が帰ってくるんだ。お前もいい年だし、俺んとこに入り浸ってないで、自分のことしろよ」
雑誌を読んでいた佳奈の手がピタリと止まった。そして直ぐに起き上がり、掃除機を手に、掃除を始めた。
「お、おい…なにやって…」
「それを早く言えよ、馬鹿!髪の毛とか落ちてて浮気?別れる!なんてなったら私のせいじゃない!」
修羅場は勘弁ー!と言いながら掃除の手をやめない。その様子に呆れながらも、自分も回りのものを片付け始める。これとって、それとって。あれとって、どれだって。こそあど言葉で大体通じるこの会話に妙な安心感があった。
掃除を境に佳奈はぱったり家に来なくなった。それどころか見かけることもなくなった。最初は感心していたが、日がたつにつれ、なんとなく物足りなさを感じ始めた。佳奈は口を閉じたら死んでしまうんじゃないかというくらいおしゃべりな女で、俺の家でも相づちを打とうが打たまいが、ずっと喋りっぱなしだった。テレビもよく見ていたから、佳奈が来る前より騒がしくなって、嫌だと感じていたはずなのに、今ではその騒がしさが恋しい。
彼女がいても、上の空が多くなった。話を聞いているのがつまらなくなった。彼女の高すぎるプライドにも飽き飽きしていたから、彼女と別れた。
それから1ヶ月。相変わらず佳奈には会わない。と、いうより避けられているような気がする。ここまで会わないとなると。
もやもやとした気持ちで買い出しのために駐車場へ向かう。車に乗り、道路に出る手前で佳奈の姿を見た。隣に誰かいる。よく見ると男のようだ。二人で仲睦まじく話している。時折見せる佳奈の笑顔に微笑む男。その様子を見て心が急にツキリと痛んだ。そしてハッとした。なんだこれ。いい年して、中坊じゃあるまいし。痛む心を無視して勢いよく車を走らせた。
それから更に1ヶ月。相変わらず佳奈には会わない。
「(俺がなにしたってんだ)」
会わない、というのは若干間違っていて、見かけることはある。だが、見かけて声をかけようとすると、気づいて逃げ出す。これは明らかに俺を避けている。あの男にイライラ、避ける佳奈にイライラ、それによって練習もうまくいかずにイライラ。ベテランの域に入ったとしても、やはり人間物事をそう上手くこなすことはできない。
かといって練習をサボるわけにもいかない。悪循環だ。
「(ああもう)」
していても身に入らない練習を一時やめ、休憩する。ドリンクを飲み、一息ついていると「堺さん!」と呼ぶ声が聞こえた。世良だ。
「どうした、世良」
「堺さん相変わらず愛されてますね〜!いつもの人から差し入れ来てますよ!」
そう言って差し出されたのは小さな淡い青の紙袋だった。俺がプロ入りしてから度々同一人物であろう人から差し入れを貰っている。毎回手紙と共にタオルやリストバンドなどをくれる。だが、いつも事務所経由で来るので、俺は一度も顔を見たことがない。ニヤニヤしている世良に蹴りをいれ、練習に戻るように言う。俺はロッカーに誰もいないことを確認し、入っていた手紙を読み始めた。
最近調子が良くないのが目に見えてわかるのだろう、何かありましたか?と気遣う内容だった。
「…ん?」
それはよく見なければ気づかない所だった。堺さん、とかかれている下にうっすら『ちゃん』という文字があとに残っていた。堺ちゃん、と呼ぶ人物を俺は一人知っていた。
佳奈には合鍵を渡していたので勝手に入ってきていたのだが、そういえば俺も合鍵をもらっていたことを思い出した。佳奈もやっていたからおあいこだ、ということで勝手に部屋に入った。まだ帰ってはいないようで、部屋は真っ暗だった。きちんと掃除はされているが、自炊の後があまり見えない。溜め息を一つつき、冷蔵庫の中身を見た。
グツグツといい音がする。作っているのはロールキャベツ。前に食べたいと言っていたのを思い出した。味見をし、こんなもんかと思っていると、玄関から盛大に誰かが転けた音がした。案の定、佳奈が顔から思い切り転けていて、なかなか立ち上がらない。
「なにやってんだ全く…ほら」
手を差し出すと、戸惑いながらも掴み返した。思い切り引っ張り立たせると、若干涙目で「何でいるの…」と呟いた。
「話があるからちょっと来い」
掴んだ手をそのままに、居間まで引っ張っていく。向き合うように座り、質問を始める。
「佳奈…俺のこと避けてたな?」
そういうと一呼吸おいて首を縦に振った。
「何で避けてた」
そう訊ねると今度はだんまりをし始めた。
「…話したくないならいい。」
予想はしていたので怒りはしない。次に貰った紙袋を机の上に置く。佳奈の顔色が目に見えて変わった。やっぱりな。
「これくれたの、お前だろ」
実は前から気になっていた。どこかで見かけたような気がする文体。夕飯のリクエストが書かれた紙と、貰った手紙を見比べて確信した。
佳奈はしばらく黙っていたが、観念したのかようやく口を開いた。
「いつも差し入れしてたのは私…で、避けてたのは…えー…そのー…
…か、のじょさんに嫉妬…してたからっ!」
パチリと目を見開いた。あ?いまなんつった?俺は耳を疑った。佳奈はを見ると、
俯いているがのぞく耳は真っ赤だ。たぶんきっと俺も真っ赤だ。分かっていた。でもなんとなく認めたくなかった。
「…ははっ」
笑いが溢れた。「何笑ってんの…!」佳奈の上げた顔を見ると、真っ赤なうえに半泣きだ。それを見てまた笑うと佳奈も膨れっ面から笑みがこぼれる。二人で向かい合って笑い合う。涙を拭きながら笑う佳奈の体を引き寄せて、ギュッと抱きしめる。え、え、とあたふたする佳奈の姿に笑を深めて耳元にそっとつぶやいた。
「好きだバカ」
「…私だって好きだアホ」
恋人たち。「ていうか前の歩いてたヤロー誰だ」
「前?…あーあーあー!元彼ね!」
「…」
「やだ堺ちゃん嫉妬ー?」
「あとなんで堺ちゃんなんだ」
「いや…なんか直せって言われて直したら負けた気がしてさー」
「…お前ほんとアホだな」
「なにおう!」
*******
誰これ\(^o^)/
あ、ヒロインが差し入れしていたのは堺さんを影から見守ていたという設定があります←
なんだかもう蛇足多すぎて何も言えない…orz
オフサイドのななかさんに捧げます!
ななかさん以外はお持ち帰り禁止です。
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