追慕 | ナノ






気がつけば、畑にいた。あれ、なんで俺畑にいるんだっけなぁと首を捻っていると、後ろから柔らかい声で名前を呼ばれた。きり、と笑いかけるのは俺が大好きなさと姉で、思わず駆け寄った。本当は足にしがみついて甘えたりしてみたいけれど、どうにもこっ恥ずかしくて出来そうにない。


「きり、手が赤くなってる」
「あれほんとだ…ま、大したことねーよ」
「だめよ、ほら両手ともお貸し」
「…かほご…」
「まぁ、ふふっ」


さと姉はすごく優しくて、年を重ねるたびにふわふわした綿みたいな印象が強くなっていく。くすくす笑う顔は天女みたいに綺麗で、こんなちっぽけな村にも別嬪はいるんだなーといつも思っている。俺の手はさと姉の柔らかい、けれど荒れて小さな傷がたくさんある手にすっぽりと包まれて、ふうと暖かい息を享受している。指の隙間からゆらゆら昇る白い湯気が曇り空に溶けて消えていくのを何とはなしに見つめながら、幸せだと思った。


さと姉は身体が弱くて他のみんなみたいに畑仕事や体力のいる仕事は出来ないから家事を任されていて、大量につくられる惣菜は村のみんなに安い値段で売られているらしい。いつだったか、穀潰しは嫌だもの、そう言って薄く笑った顔はどこか悲しそうで、俺はさと姉のつくる惣菜を死ぬほど褒めちぎった。俺の家は村でもあまり裕福じゃないけれど、少しだけ貰えたお駄賃でさと姉の惣菜を毎日ひとつ買うのが、その日からの俺の日課になるほどに、さと姉の悲しい顔が忘れられなかった。


さと姉と手を繋いでゆっくり歩く道すがら、風がびゅうんと吹き抜けて首元をすり抜けていく。ふるりと震えて地面を見ると、石ころが二つ転がっていた。小さな石ころ。ひとつをつま先で小突くと、石ころだと思っていたそれは土の固まりが乾いたものだったらしく、脆く崩れてしまった。それをじっと眺める俺に、さと姉が優しく呼びかける。さと姉は昔より何倍も優しくまろやかな顔を綻ばせて、早く帰ろうと俺を急かすのをぼんやり聞きながら、うん、と生返事をした。なんだか半分眠っているみたいな、自分が自分じゃない感じがする。寝ぼけているのか。


「さと姉、今日、さと姉の作ったご飯が食いたいな」
「あ、……、そう」
「うん、早くかえろーぜ」
「そうね、……帰りましょう」


さっきまで手を引かれていたのと逆になる様に、さと姉の手を引いて歩く。くるりと振り向くと、暮れていく太陽の光を背に受けてさと姉の姿が夕焼けに暗く浮かび上がる。目をこらしてもその表情は見えなくて何だか少しだけ、怖いと思った。繋いだ手をぎゅっと握りしめて、ふと考える。

俺の手、こんなに小さかったっけ。



111217




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