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「鶸、なにしてんの」
「むあ…かんちゃ、おはよ…」
「はいはいおはよう。今くの一の五年って実習なんじゃないの?」
「さぼってまあす」
「あーあ、俺知らないからね」
「勘ちゃんこそ授業は?」
「俺は自習だから大丈夫」


裏山には日当たりのいい小さな原っぱみたいな場所がある。わたしはそこで睡眠学習という名のサボタージュを断行していた。こーんないい天気なのに、野営の実習ならまだしも町で男を落として貢がせるなんて、そんなくだらないことを頑張るくらいなら寝てる方が百倍マシだと思う。くの一=色とかさ、わたしに言わせればくっだらない。女だからって男と渡り合えないと決め付けられるのは大嫌いだった。そういうとき、わたしは決まって実習をさぼるのだった。
勘ちゃんはわたしが実習をさぼっている時によく現れる。どこかで見てるんじゃないのって思うくらい、本当にいつもわたしのいる場所を探し当て、こうして隣でのんびりしていく。前にどうして一人でさぼらないのか聞いてみたら、「だって鶸がさぼる時に使う場所、ばれにくいのに居心地最高なんだよねー」とのたまった。でもわたしが知っている穴場なんてもう勘ちゃんだって殆ど知っているんだから、わざわざわたしのとこに来なくてもいいんじゃないかなあ。


「って思ったんだけど」
「え、あぁ、んー…ほんっと鶸って鈍いっていうかさ、全然気づいてないんだもんなぁ」
「え、馬鹿にしてる?」
「してないしてない」


絶対馬鹿にしてる…!ていうか気づくって言っても勘ちゃんなんかしたの今?よくわかんないけど馬鹿にする方が馬鹿なんだからね!と心の中で叫んだ。勘ちゃんは怒らせると本当に怖いので(一回怒らせた時は本当に泣きながら謝った。笑顔が黒かった。)、それからは悔しくても心の中で言う様に極力気をつけている。
横目で勘ちゃんを見ると、風が気持ちいいのか目を閉じてぐっと伸びをしていた。髪がいたずらに揺れて、ふわりといい匂いがする。なんだろうこの匂い、首を少し動かしながら嗅げば、勘ちゃんの方から香ってくるのがわかった。そのまますんすんと香りを追いかけると、勘ちゃんの髪と服にたどり着いた。なん、だと…!?くの一教室の子ですらこんないい匂いしないのに!詐欺だ!でもいい匂い!わたしがうっとりと勘ちゃんの肩に顔を近づけ、ていうか服と髪がおんなじいい匂いってどういうことだろう、とか考えていると、


「……あ、あのさ、鶸…?」
「………………はっ」
「どうかした、?結構は、恥ずかしいんだけど、」
「あ、ご、ごごごごごめん!!!!」


半ば勘ちゃんに抱き着くようにして首筋に顔を埋めるみたいに匂いを嗅いでいたことに気づいた。…ば、馬鹿か!わたしの頭どうなってんの!死ぬほど恥ずかしい…!わたしは勢いよく勘ちゃんから離れた。ぜった今びっくりするくらい顔赤い!ぎゃあああ恥ずかしい…!
俯いて視線だけを勘ちゃんに向けると、勘ちゃんも目を泳がせながら真っ赤になっていた。そりゃそうもなるよ、ごめん勘ちゃん…ていうか勘ちゃんもこういうのは好きな子とか、おっぱい大きな子とかにやってもらいたいよねぇ……わたしじゃぱっとしなかっただろうなあ。なのにあんな顔赤くしてくれてむしろありがとうと言いたい…!


「か、勘ちゃんごめんねっ、」
「えっいや、何も謝んなくても!」
「勘ちゃんだってわたしに抱き着かれるくらいなら他の子に抱き着かれたいよね、うぅ…申し訳ありませんでし「それ本気で言ってんの」た…………ん?」

「鶸に抱き着かれるくらいなら他の子に抱き着かれたいって、それ本気で言ってる?」
「う、うん…」
「…………ほら、やっぱり鈍い」


勘ちゃんはそう言って苦しそうに笑った。な、え、ちょっと待って。え、鈍いって、そう、そういうこと?さすがにそこまで言われたら気づくよ…!?でもこれでわたしの思い違いで、勘ちゃんに「自惚れるなよプププ」なんて言われたら恥ずかしさは今の比じゃないぞ…!わたしがう、だのえ、だの吃っていると、勘ちゃんは少し眉を下げて、もう分かった?と優しく呟いた。どうやら、自惚れるなよコースじゃないらしい。首がもげるくらいぶんぶん頷くと、勘ちゃんの両手がゆっくり伸びてきて、わたしを包み込んだ。布越しに感じる勘ちゃんの体温。さっきのお返しとばかりに顔を首筋に埋められて、恥ずかしくて溶けてしまいそうだった。わたし……無意識とはいえこんな大胆なことしてたのか……!!


「か…勘ちゃ、」
「んー…鶸、いい匂い…」
「えっ!勘ちゃんの方がいい匂いだったよ!」
「え、そう?……さっきそれ嗅いでたの?」
「う、うん。だってあんまりいい匂いだったから……って、わ、笑わないでよ…!」
「ぶっ、だってさあ…っく、あはは…!」


勘ちゃんは爆笑しながらわたしをぎゅうぎゅう抱きしめる。でも全然苦しくなくて、改めてちゃんと想われてるんだなぁと感じて心臓がばくばく高鳴るのが分かった。勘ちゃんの背中にそっと手を這わせると、笑ってた勘ちゃんがびくってして、一気に真剣な雰囲気に変わる。…あ、勘ちゃんの心臓も、すごいどきどきして、る。さっきまでそんな風に意識してたわけじゃないのに、なんか都合いい子みたいで嫌だなあ、でも、離れたくないと思いながら勘ちゃんの背中に置いた手を握りしめる。服がシワになっちゃったらわたしが洗濯して返そう、そう考えていると、勘ちゃんがさっきよりも強く抱きしめてきた。隙間なんてちょっとも開いてないくらいにくっついている。わたしも真似するように腕に力を入れると、勘ちゃんははぁぁぁ、と長く息をはいて、とろける様な優しい声で鶸、と名前を呼んだ。う、わああ…!背筋がぞくぞくってして、思わず勘ちゃんの肩におでこをくっつけた。


「鶸、俺、期待しちゃうよ?いいの?」
「あ、う、……うん、でもなんか、わたし、都合よくないかな、こんな…」
「……俺はさ、鶸のこと好きだよ。鶸は?」
「…っ…、すき、勘ちゃんのこと、好きだって思った」


だったらそれでいいんだよ、と勘ちゃんは小さく笑った。なんかいきなりこんな甘い空気になってるのがおかしくて、二人でお互い笑いながら寝転ぶと、勘ちゃんが腕枕をしてくれた。しあわせだなぁ。さぼってよかったなぁ。勘ちゃん、わたしをすきになってくれてありがとうね、そう言うと勘ちゃんはちょっとびっくりした顔をしたあと太陽みたいに笑って、俺こそありがとう、と言ってくれた。



あやされたいよ

111107




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テーマ「人外ファンタジー」
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