正義 | ナノ



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「氷雨ちゃん、少し時間もらえるかな?」

揺れる黒髪に声をかける。
ゆっくり立ち止まってから、丁寧に振り返った彼女は、ゆっくり瞬いてから頷いた。

「…ええ、私もアイオロスさんには聞きたいことがあるので」

その表情は優しいもので、この間からサガに対するときに浮かべることの多いものだ。
冷たささえ感じた初対面の頃から比べると、驚くほどに柔らかい。
とはいえ、彼女の纏う小宇宙は、最初から変わらない。
小宇宙は、その人間の本質を表す。
彼女のそれは、音楽によく似ている。
聞こうとしなくても聞こえてくる歌のように、人を慰め勇気付ける旋律のように。

「じゃあ、仕事が終わったら、迎えに行くから」
「終わってから、ですか?」

言いながら眼鏡を軽く押し上げた彼女は、手に持った書類を抱えなおした。
…ああ、そういえば、彼女はいつもシュラたちと夕食を共にしているのか。
羨ましいなぁ。

「夕食はいつも通りシュラたちと一緒かい?」
「ええ、そのつもりです」
「じゃあ、俺も一緒に夕食食べていいか聞いてくるよ、それなら構わないだろう?」
「ええ、私は」

ニコリと笑いながら答える彼女は、俺の言葉に賛成も反対もしない。
何を言っても聞かないだろうと思っているのだろう。
その通りだけれど…なんとなくいい気分はしない。

「氷雨ちゃん、次のお休みはいつかな?」
「定休は火曜日です」
「ちょっと遠いなぁ…」

彼女ともそろそろ親睦を深めるべきだろう。
自分から距離を置いたのに何だと、彼女は怒るかもしれない。
でも、距離をおいても、客観的に見ても何も得られない相手なのだとわかったし。
なんて、自分自身が仲間外れにされたような、疎外感を感じているから、なのだけれど。
黄金聖闘士、特にあの三人にサガ、カノンは彼女に肩入れしているし。
リアもあの場所に連れて行ったということは、かなり懐に入れていると判断していい。
どうやったらそうなるのか、聞いてみたい。
そもそも、俺だって記憶さえ若干曖昧な幼い頃のアドバンテージを必死に生かして、ほぼ初対面に等しいレベルから3年かけてやっとここまで来たのに。
彼女はやってきて1ヶ月くらいで、もうあんなに仲がいい。
不公平だと、子供のように思っても無理はない、と言いたい。
空白の13年間は、同じ時を同じ黄金聖闘士として支え合っていた彼らとの間に微妙な距離を残している。
だからと言ってそのことについて、サガを責めるつもりはないし、カノンに何か言うつもりもない。
…むしろ、カノンには言われる側だろうけれど。

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