正義 | ナノ


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はたして翌日は星矢の宣言通りだった。
執務室には氷雨の姿はなく、扉を挟んだ仮眠室から6人分の小宇宙を感じることができる。
朝一番に暫く夕食を一緒にとれないと言われたらしいシュラ、デスマスク、アフロディーテの三人はどこか険しい顔でそちらを見ている。
ミロとアイオリアは自分の仕事に向き合いながらもチラリ、チラリと扉の方を気にしているようだった。
これから三日分の書類を、と言われ渡したサガはどこかハラハラした様子で同じ方向をじっと見ていて。
時折、扉から漏れ出るように聞こえる声からは、アイツが仕事を教えているようだとわかる。
だからこそ、ミロとアイオリアの執務速度を上昇させると約束することができたのか、と今になってわかる。
自身の仕事量を処理しつつ、他人の面倒を見られる人間は、この聖域には少ない…いや、聖域だけではないな。
海界も基本は人手不足を否めない。
元々が肉体労働である闘士にとっては、習うより慣れろ、と教育されるからかもしれない。
聖域では弟子を取っている人間でさえも、一から十を懇切丁寧に教えることは少ない。
教える必要がない、のもある意味では事実だろう。

「…、」

ガタン、と音がして、アイオリアが立ち上がった。
厳しい顔のまま仮眠室の扉をノックする。
はぁい!と明るい声が返って、ゆっくり扉が開く。
いつもより数段柔らかな小宇宙を燻らせて、氷雨は扉を開いたまま出てきた。

「リア、どうされましたか?」
「すまない、この場合はどう対処すればいいのかわからなくて」

軽く頭を下げたアイオリアに氷雨は気にしないでくれと笑う。
それから、振り返って、仮眠室の中にちょっとごめんね、と眉を下げて笑って、アイオリアと共にその机に向かった。
長い前髪を軽く耳にかけながら、書類を黙読してから、アイオリアの目を真っ直ぐに見つめた。
アイオリアを座らせて、その真横から机に片手をついて上体を曲げながら、同じ書類を見る。
開いている方の手で、机に置いてある書類と、参考にするべき資料だろう、をゆっくり往復させながらはっきりとした声で説明を始めた。
理路整然とした口ぶりには、先日のシャカの時に見られた焦りは感じない。
…あれは俺たちが悪かったとしか言えないのだが、本当に彼女がいてくれてありがたかった。

「なるほど、星矢たちといたのにわざわざすまない」
「いえ、気にしないでください。あくまで私の優先すべきは沙織様、つまりお仕事なわけですから」

これは私のやるべきことなのだ、とはっきりと口にする氷雨はどこか自信に満ちていて、余裕があった。
ニコリと笑った氷雨に、今度は仮眠室から一輝が顔を出す。

「氷雨、もういいか?」
「一輝君…ってことは、ああ、アレは若干面倒なところがあるからね」

一輝の悩んでいる部分を理解しているようなその言葉に、肯定が返される。
先ほどまで一緒にやっていたから理解しているのだとわかるが、それでもその言い方には気安さがある。
また何かあったら呼んでくださいね、とにこり笑った氷雨はそのまま仮眠室に戻る。
扉を押さえたままの一輝にありがとう、とその顔を見上げて幸せそうに笑う氷雨。

「気にするな、いいから早く教えてくれ」
「ふふ、わかってる。あ、これがひと段落したらなんだけど…」
「お嬢さんを迎えに行くんだろう?付き合ってやる」
「ありがと」

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