希求
その場所に沈黙が落ちた。
迅雷剣の刺さった彼女はその表情も相俟ってまるで置物のようだ。
しかし流れ出る血は止まらないまま彼女の血の気が引いていく。
それから、唐突にその彼女の姿が消えた。
その場には迅雷剣のみが落ちる。
「…嘘、だろう?」
唖然と呟く蜀の武将たち。
彼女がいたその場所にただ視線を向けることしか出来ない。
が、ふと、彼女がいたその場所に近寄る青年。
血液すら残さず姿を消した彼女の迅雷剣を拾い上げたその青年は、自分の持っていた迅雷剣をその場に置く。
「私はまだ、あなたから何も学んでいない」
初めて彼女と対面した時の少年らしさは何処にもない。
ただ、何処か昏い色をした瞳を持つ美しい青年となっていた。
その様子を見て、蜀の男はクツリと笑う。
「君が迅雷剣を手にするのなら、彼女の捨てた撃剣は俺がもらっていいということだね?」
笑みを浮かべず、だからと言って無表情でもない。
怒りや哀しみではないが、名状しがたい複雑な表情を浮かべた男は、投げ捨てられた撃剣を手に取った。
これでいいのだ、と言いたげな口元は少しだけ緩んで、自分が持っていた撃剣をその場に落とす。
それは、消えてしまった彼女が自身の撃剣を捨てた時のように、無関心に。
誰もが彼らの異常を感じ取っていた。
だが、それは異端であったからではなく、それが自分自身であったかもしれないという意味でだ。
「逃がさないよ」
ぽつり、異国風の男が呟く。
え、と視線が集まったその場で、彼はにこりと笑った。
「どうして俺が氷雨を手放さなきゃいけないの?そんなの理不尽だよー」
「馬岱…?何を言っているんだ?」
従兄弟の言葉に不思議そうに首を傾げる。
その言葉は、彼にとっての真実を問いかけるものではない。
ゆっくりと守るもののいなくなった巫女姫に近づく彼は、自身の得物を構えた。
「氷雨を連れ戻す方法は、もちろんあるんだよね?」
人当たりのいい笑顔で告げる彼の隣に、彼女の世話係だった男も並ぶ。
世話係の方は完全に脅しにでも入るつもりか、恐ろしいほどの視線を向けている。
足をその場から動かさずに見つめるもの、二人を止めるために巫女姫の前に立つもの。
それから…彼女を連れ戻すために、巫女姫に対峙するもの。
彼らは対立するように向い合った。
希求国は関係なく向い合った彼らの戦力差は決して小さくはない。
巫女姫は困ったように自分の携帯をぎゅうと握った。