注視
「君は、どうして蜀に来たの?私が視た限り、君は彼女に執着していないようだけど」
私は首を傾げて、口元に柔らかく見えるような笑みを浮かべた。
敵意は無いと感じ取ってもらえるように。
彼は一瞬狼狽えたようにするが、すぐに後学のためだと私を見る。
そのさらさらとした髪をそっと撫でて、口元に笑みを浮かべた。
「私が天女だという理由を証明する方を先にした方が良かったな」
少年から離れて、右目に指を当てる。
この動きも、何度か繰り返した所為ですっかり慣れているのが、辛いところだ。
こんな動き慣れたくはない。
徐庶が驚いたような顔をしているのを左目で目視しながら指を埋め込む。
目的物を捉えて、いやな水音がしているのを無視し引き出した。
撃剣で切り離して、そのまま武器を持った手で空洞と化したその場所を隠す。
ぐい、と拭うようにしながら、引き出したそれを、残った左目で確認した。
潰れている訳でもなし、そこまでグロすぎて吐き気を催すでもなし。
この程度なら問題ないだろうと目を隠しながらそれを見せる。
ひっ、と息をのんだ声が聞こえる。
多分、少年だろう、申し訳ない。
手を離して、ゆっくり右目を開く。
視界が既に回復している…やはり、巫女姫が近くにいすぎる所為だろう、回復が早い。
以前は同じことをしても、一晩掛かったのだが…。
「ッ、」
「貴様、」
「巫女姫を光とするならば、私は影だ。知恵と戦に秀でている」
口元に笑みを浮かべて、自分の手の中にある絵に描いたような鮮やかさと色合いの瞳を見る。
全体的に、ではなく、上下にグラデーションがかっている目は恐怖されるのも可笑しくはない。
と、徐庶が口を挟んできた。
「氷雨、君のその目どうするつもりだい?」
「捨てる。今までも全部捨ててきたからな…何の感慨も無い」
「なら、俺が貰ってもいいかな?」
「…この目玉をか?一体何に使うつもりだ」
言いながら、投げ渡す。
既にもう私の肉体では無くなったそれに未練も何も無い。
一つ思うのなら、見るに耐えなくなる前に処分して欲しいというくらいだ。
両手で丁寧に受け取った徐庶はうっとりと笑った。
…え、アイツもしかしたら、人体収集の気があるの?
思わずひくりと頬を引きつらせてから、視線を使者たちに戻した。
「私が人でないことはわかっただろう?」
言いながら手を見ると血が付いていて、何も触れねぇと気がつく。
この服も自分のものじゃないしな…ちらり、と使者たちに目を向ける。
司馬懿が来ていることが、吉と出るか凶と出るか。
注視視線が集まってきているのを感じながらも、私はゆたりと笑ってみせる。
血の付いた右手が、何かを示しているようで酷く気分が悪かった。