暗雲
「君主殿、夕刻にもう一度皆を集めてくれ。それまでに方針を決めておく」
「…李雪殿?」
不思議そうな君主殿を後目に、その場を後にする。
仮面を戻し、目元を隠した。
もっと、風通しのいい、遠くまで見渡せる場所で、もう一度確認しなくては。
一体誰が引っ掻き回しているのか。
どうして、この地に巫女姫を送ろうとしているのか。
「化け物は化け物らしくするべきか」
「おや、氷雨、どうしたのだ?そんな怖い顔をして」
「…阿斗様、どうして此処に」
「氷雨が見えたから追いかけてきただけだ…いけなかっただろうか?」
「不用心ではありますが…私は、阿斗様に何を言うつもりもありません」
「そうだ、氷雨。私は、劉禅という名を貰ったのだ。字は公嗣という」
平然と関係ない話を始める彼の器が大きいのか、それとも楽観的なだけなのか。
読めない人間ではあるが、その瞳は酷く現実的で、小学生程度の子供のする顔ではない。
柔らかく見えるその顔も微笑みではなく、無表情に近いのだろう。
「劉禅様、でよろしいですか?」
「字は公嗣という」
「…わかりました、公嗣様。ご用件は何ですか?」
「氷雨は、一体何処へ行くつもりだ?どうしても、私と共にいてはくれないのか?」
じっと見上げられた瞳に、苦笑する。
彼は聡い。
だが、それ故に、要らぬ苦労でも背負い込んでいるのだろう。
それを手伝うのは、私ではなく、星彩や軍神の息子たちだ。
「化け物は、牽制になりますが、同時に脅威にもなります。無い方がいいのです」
彼の頭を撫でて、仮面をとる。
ゆっくりと深呼吸をして、詳しく視ることにした。
視線を動かしながら、巫女姫の位置と共にいる存在を突き止める。
更にこれからどうするべきかも確認しておかなくては。
「氷雨は、将来的に私のものになってくれるのではないのか?」
「…そう言う訳にも行かないようです。公嗣様、私は諸葛亮たちと話しにいきますが、どうします?」
「私も行っていいのか?」
「楽しいものではありませんが、この国を継ぐ意志があるのであれば聞くことも可能です」
告げれば、少し悩んだようにしてから私の手をとった。
そのまま彼の歩幅に合わせてゆっくり歩いて、諸葛亮の部屋に向かう。
諸葛亮、ホウ統、徐庶、軍師の弟子が待っていたが、劉禅様に驚いたように動きを止めた。
「氷雨…?」
「公嗣様を止めるつもりは無いからな。…巫女姫が誰かの手を借りて、この蜀に来ようとしている」
一瞬で視線が私に集まる。
「その所為で、魏と呉が蜀を目標にしている…だからこその書状だと考えていいだろう」
暗雲無言になった彼らはそれぞれが考え込むように視線を下げる。
隣にいる劉禅様は首を傾げて、一言告げた。