記憶
目の前にいるのは、眉を下げて情けなく笑う徐庶。
問答無用でその高い位置にある顔面に拳を向けた。
「わ、何するんだ、危ないよ」
「黙って殴られろ」
「なんで?!」
あっさり拳を受け止めながらの驚いた顔に無言で返す。
何となくイラついて、足払いをかけた。
ぅわあッ、と情けない声を上げて転んだ徐庶だが、何故か私の手を離さない。
むしろ引っ張られて私まで転んだ。
「痛ぇ…」
「あ、ごめん」
さも今気がつきましたとでも言うような顔が目の前に。
はあ、とため息を吐きながら、その前髪が別れて露になった額に手を下す。
ぺちり、と簡単な音を立てた額に思わず笑った。
その下のぽかんとした顔も中々に面白い。
「ええと…俺、何かしたかな?」
「へぇ、何かした記憶がある訳だ?」
「えっ、いや…その、それは」
目線がうろうろとあちらこちらに流れる。
これは、心当たりがあるということだろう。
冷めた目でじっと見つめ続けておくと、暫く時間を置いてやっと目が合った。
が、すぐに反らされ、いや、その、と意味の無い言葉が続く。
じっと見つめていたが、何も出てきそうになく、ついでに私にも思い当たる節が無い。
何だかわからないが…いいか。
「とりあえず、そろそろ手を離してもらっていいか?身動きが取れないんだが」
うわぁ、ごめん、つい!
焦ったように言うが、手を離さない。
だから手を離せと言っているだろうが、その頭をもう一度軽く叩いて、立ち上がる。
ずっと握られていた所為で、空気が当たるとひんやりした。
「あ、今ホウ統が法案についてやってるから」
「それを早く言ってくれないか…」
「私は許可を取って、城の中を歩き回っているだけだからな」
はあ、と諦めたようなため息を吐く徐庶をちらりと横目で見やる。
座り込んだままの男に手を差し出した。
「ほら、さっさと立て」
「…ありがとう」
「転ばせた人間に感謝するってのもおかしな話だがな」
はん、と鼻で笑って、私の手をとった男を引き上げた。
立ち上がった徐庶は視線を一度泳がせて、眉を下げたまま私を見る。
記憶その、君の気持ちを無視して、口付けてしまったから。
唐突に言われたその言葉に、ひくりと頬が引き攣った。