誤算
一回聞こえなかった振りをしてみて、一歩踏み出したら、肩を掴まれた。
…逃げられねぇ。
驚いたように振り返りながら、ベールを抑える。
その場にいたのは、都督殿と親劉軍師、若き軍師。
このタイミングでは、酷く面倒くさい。
「周瑜殿、どうかなされましたか?」
「すまないな、少し聞きたいことがあるのだが…この後時間は取れるだろうか?」
「この後、ですか?」
困った、と肩を落とす。
視線を彷徨わせて諸葛亮を探したが、最悪なことに思いっきり捕まってる。
誰にか、といえば、誰だかわからないが服装からして将…と顔に似合わぬ詩人にである。
どういう関わりなのかと頭を抑えたくなったが、無理だろう。
どう答えたものか、と考えていると、若き軍師が声をかけてくる。
「何か予定があるのですか?」
「…ええ、孔明と少し」
「孔明…諸葛亮先生ですか?」
「はい。もしかすると、元直とも少し話が出来そうなので」
口元に、にこりと笑みを浮かべた。
これで一度離れたことによって、逆に距離が縮まった劉備軍のアピールは出来ただろうか。
では、失礼いたします。
ゆっくりと頭を下げて、踵を返した。
徐庶は同じ場所に座っている。
ほ、と息を吐きながら、彼に近寄っていく。
「元直、」
「ん?ああ、氷雨!」
何だろう、ワンコのような、きらきらぱぁああっをリアルに目にした。
思わず目を疑ったが、代わりに耳と尻尾を空目した私は一体どうしたものか。
慌てて席を立って、膝を思いっきり机に打ち付けている。
うわぁ、と思いながら近づくと、突然正面から抱きつかれた。
…半端無く酒臭い。
「どんだけ酒飲んでんだテメェ」
「氷雨!氷雨ー!」
「鬱陶しい、つーか、デカいんだから体重かけんな馬鹿ッ」
酔っぱらい過ぎだろ、何コイツ。
唖然とかのレベルじゃないんだけど、ドン引きしそうなレベルなんだけど。
かけられた体重を支えきれる訳も無く、私は後ろにバランスを崩しかけた。
「氷雨、無事か?」
す、と添えられた手。
「馬超殿、ありがたい」
軽く首を反らしながら感謝を述べる。
が、大型ワンコは離れる様子を見せない。
はあ、とため息を吐きながら、そのワンコの背中を叩く。
「元直、話がある…これからについてだ。とりあえず、私が酔ったお前を連れて行く体でいいな?」
誤算やだ、ときっぱり言った男は、突然酒を口に含み、私のベールを払う。
思わず目を瞑った瞬間、身体が持ち上げられ、唇にふわりと触れた。