膝枕
「身体はもう平気なのか?」
「ええ、元々怪我というよりは血を流し過ぎただけなので」
苦笑で告げる。
と、突然大きな手が、目の前に出てきた。
唐突な行動に首を傾げ、その手をじっと見つめる。
ゆるり、と手が近寄ってきて、頬が撫でられた。
「…大きな手ですね」
彼も酔っているのだろうか、酒が入って温かい私の頬よりも温かい。
まあ、酔っていると普段隠してたり、全く思ったこともない行動をしたりすることもある。
きっと今現在そう言う状態なのだろう。
が、突然、ベールを落とされた。
慌てて拾おうと、触られていない側から身体の向きを変える。
「氷雨殿、」
「…どうか、なさいましたか?」
背を向けてしゃがみ込もうとした瞬間に、何故か後ろから抱きしめられた。
ああ、あれか。
私を引き込もう作戦の一環か。
まさか、彼を使ってハニートラップ的な何かを仕掛けられるとは思ってもみなかった。
バレないように苦く笑って、問いかける。
「魯粛殿?何か言いたいことでも?」
「その言葉、そのまま返させてもらおう」
どうして、お前はそれを選ぶ?
指示語を使うタイミングが間違っていると思います。
素面であれば、もしかしたら彼の言いたいことが伝わったかもしれない。
だが、生憎と酒が入った上の寝起きだ。
「何の、ことでしょうか?」
口をついて出た疑問。
じわりじわりと体温が移ってくる中で、彼は私の身体を反転させた。
向い合うような形になるが、身長差に私が俯いているため、彼には私の旋毛しか見えないだろう。
私は彼の腹筋部分ばかりが視線に入る。
低い声が私の名前を呼び、顔を上げてくれないかと続けた。
私が首を左右に振れば、一瞬黙ってから、無理矢理させるつもりか、頤を持ち上げられる。
抵抗を見せたが、あっさりと持ち上げられて、せめて目を隠そうと掌で自分の目元を抑えた。
彼が動く気配を感じたその時、都督殿の声が響いた。
「魯粛、こんなところにいたのか」
手が離れたのをいいことに、そっと振り返りながらベールを拾い、被る。
それから、都督殿と親劉軍師の会話を横目に見つつも、一礼してからその脇をすり抜けた。
ほら、聞いちゃいけない内容かもしれないし。
心の中で適当な言い訳を連ねて、さくさくと宴の席に戻る。
「…呂蒙殿?大丈夫ですか?」
「う、む…平気、だ」
酔ってるのか、気持ち悪そうな顔をしていた。
呉の軍師たちは一体何があってこの辺に集まっているのか。
肩を貸すように彼を持ち上げて、宴の席の端に戻る。
長椅子に寝かせるようにしながら、酒の所為か何処か飛んだ頭で考えた。
そっと彼の頭を持ち上げてから、ゆっくり降ろす。
膝枕とりあえず顔を見られないように彼の目の上に掌を乗せる。
結構酒を飲んでいるらしく、顔が熱くなっていて、大変だよなぁと同情してみた。