真実
「巫女姫ッ、さっさと馬岱殿の傷を私に移せ!」
唖然としたのが見えた。
だが、気にしている暇はない。
巫女姫の腕を掴み、馬岱殿の背中に当てさせる。
痛みを覚悟し、軽く背を丸めた。
巫女姫がそっと馬岱殿の傷をなぞると、それと同時に私の背中が斬れていく。
じわり、血が染み、すぐに治る。
全ての傷が移り、同時に塞がったのを確認し、ホッとした。
「氷雨、背中が、」
「…もう塞がっている、巫女姫の力で馬岱殿の傷を“癒した”だけだ」
趙雲にそう答えれば、巫女姫が驚いたような、衝撃を受けたような顔で私を見た。
うそ、と唇が動いている。
真っ青と言ってもいい程の顔色に、紫にまで色が落ちた唇。
ガクガクと震えているのは、寒さではなく、恐怖。
ぐるり、龍槍を回し、ゆっくりと構える。
追いかけてきているのは、気がついていた。
「氷雨、此処は私が」
「俺もいるんだ、少しでいいから頼ってくれないか」
趙雲と徐庶の二人が今度は私の前に立つ。
はあ、とため息を吐いてから、龍槍を持ちながら、二人の間に入る。
「ならば、子龍、元直、手伝え」
口角をつり上げながら告げた。
二人は笑いながら頷き、同様に武器を構える。
避けることも無く、淡々と武器を振るっていると、右から息子ー!惇兄ー!と叫ぶ声。
次の瞬間、ハッとして右を向いた。
私の目の前にいる徐庶を柄で後退させる。
トス、と仮面とその下の額に矢が刺さった。
その仮面についた傷のせいか、仮面が割れる。
舌打ちをしながら、仮面の役割を果たさなくなったゴミを投げ捨てた。
「元直、怪我は無いか」
「あ、ああ、氷雨のお陰で無事だよ」
もう一度、ゆっくりと対峙している将たちを見据える。
軽薄軍師に隻眼の武将、その親族の息子に、冷静そうな少年、青い帽子の将。
息を飲むような音の直後、曹操様が敗走の危機、と青い伝令が叫んだ。
彼らは気を取り直したように、各々が悔しそうな反応を見せながら退いた。
だが、次の瞬間、巫女姫のものらしい悲鳴。
慌てて振り返れば、妖艶な美女と腹黒そうな美女、楽器を持った美女に恐ろしい程冷たい目をした美女の4人。
彼女たちが巫女姫を連れて逃げる最中だった。
呉の武将たちは何をしていたのか、と見れば、ただ唖然と固まっている。
「ッ、連れて行かせるかよッ」
私は、巫女姫と話さなくてはならないのだから。
真実しかし、私は巫女姫を取り戻すことは叶わなかった。
それどころか、どうやら血を流し過ぎたらしい。