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目をそらしてきたツケは回ってくる水町氏の言葉に反論したのは、何故セナ氏だった。
「そんなことないよ、」
「小早川…?」
「なんて言えばいいのか、わからないけど…」
氷雨さんは、距離をすぐに置きたがって、離れたがるけど。
それでも、それは、本当じゃないから。
彼は、泥門の一員として彼女と一緒にいて、それを知ったのだろう。
言葉に力があって、まるで、いつかの彼女のように自信に満ちていた。
それが真実なのだと、知っている目で。
「多分、今日病院に行ったのも、後からメールで病院の場所を教えてくれたのも…全部、寂しいからだと、」
そう思うんだ。
まるで彼女自身かのように告げて、似たような顔で笑った。
丸々一日の猶予。
それを与えた彼女は、何を求めていたのか。
何を、許したのか。
きっとこのタイミングを逃したら、彼女を捕まえることはできないのだろう。
ただ漠然とそう思って、それでも、覚悟は決まらない。
とりあえず、と解散して、自由行動になる。
鉄馬が伺うように見てくるのに首を左右に振る。
「とりあえず、部屋に戻ろうか」
そう告げれば、フシューと返事とも言えない返事がある。
鉄馬は一体、どう思っているのだろう。
問おうかとも思ったが、なんだかずるい気がして口を噤む。
鉄馬と部屋に戻っても、どうにも考えがまとまらないだろう。
そう思い至って、立ち止まる。
真後ろで止まった鉄馬に、好きにしていいよ、と告げた。
少し外に行ってくるから。
そう告げて、まだ明るい外へと向かう。
何人かが外にいるのを見ながら、ロビーから出た。
「はー…」
「デケェため息だな」
「…ヒル魔氏。こんなとこにいていいの?」
「まあな、」
いつも通り銃を肩に担いで、ニヒルな笑みを浮かべている。
彼女を一番手元に置きたがっていた男が一体なんの心変わりか。
「テメェにゃ、わかんねーよ」
「…、」
「俺には俺の時間があるからな」
肩をすくめて、ヒル魔氏は、何をするでもなく、ただ座っていた。
そして、空がうっすらと暗くなる様相を見せ始めた頃に、勢いをつけて立ち上がった。
「そろそろだな」
ニヤリ、と笑って、ガムを膨らませる。
ひらりと手を振って歩き始めたその姿が眩しい。
ヒル魔氏にはヒル魔氏の時間が、ねえ…。
なら、俺にも時間はあるのだろうか。
「できるかねぇ…」
俺にも。
赤から藍色にきれいなグラデーションを描く空を見て、ため息をひとつ。
氷雨さんにはそれほど進んで関わってきたわけじゃないから。
なんて、ただの言い訳で。
目を伏せると、グツグツと闘争心が沸き立っていると嫌でも気がついた。