03
一瞬だけでも見てくれたのなら、虜にする自信があるのに会場に着いて、観客席に向かおうとする氷雨を止める。
心底不思議そうな表情をしていることにため息を吐いて、ベンチに座ってろ、と伝えた。
信じられないと言う目をされて、思わず、イラっとする。
「お前の芸術的な写真なんて期待してねぇよ、いいから手伝え」
「…はぁい、わかりました」
渡した一眼レフをちらりと見ながら肩をすくめる姿に、首を左右に振った。
一眼レフを見ながら嬉しそうに笑っている顔に見惚れるように、視線が集まっている。
服装はああだこうだ言われていたのと、白い肌を他人に見せるのが惜しくなって変えた。
が、もっと別のにすれば良かったと今思う。
ため息を吐きながら、早く来い、と視線を向けた。
スーツを着て、できる女風の化粧をしている氷雨は中々に美人だ。
本人曰く雰囲気美人でしょ、らしい。
「妖一さん、」
呼びかけられて、視線を向ければ、相手の代表が立っている。
アポロと握手を交わし、言い合っていると、隣で氷雨がくすりと笑った。
思わず二人で視線を向ければ、無邪気に笑う。
『サイズはどうであれ、相手を満足させられなきゃ、意味は無いですけどね』
言ってから、すぐに準備してますね、と背を向けた。
思わず無言になって、すぐにその後を追い、着替える。
糞マネと女同士ワイワイしているのを横目で確認してから、試合に集中した。
アメリカ行きの飛行機に乗りながら、隣を見る。
すぅすぅと穏やかな寝息を立て、ぐっすり眠っている氷雨。
何故か、靴を脱いだ足を座席に乗せて、こっち向きに体育座りをしている。
寝苦しくないのか、と思わないでも無いが、平然としているので、大丈夫なのだろう。
前髪が顔に掛かっているのを見て、そっと退かす。
と、突然、ぼんやりと薄く目を開き、微笑んだ。
「どーかしました?」
半分寝ているのだろう状況にも拘らず、俺を見つめている。
なんでもない、と返しながら、そっと髪を撫でた。
気持ち良さそうに目を細める姿は猫のようで。
「そーだ、言われた通り、国際の二輪免許持ってきました」
体を起こして、鞄を漁る。
ふと思い出したのか、鞄から手を放し、パスポート入れを開いた。
ほら、と見せられたそれに思わず瞬いて、口元を緩める。
偉いでしょ?とでも言いたげな顔にわかったわかった、と軽く返した。
不満そうに膨らんだ頬を見て、さっき出したデコを叩く。
「いいから、寝とけ」
「ん…おやすみなさい」
素直に体を倒して、氷雨は軽く目を伏せた。
ゆっくりと、規則正しい呼吸をしているのを横目で見ながら、さっきまで膨らんでいた頬に触れる。
年齢は未だわからないが、多分、俺よりは上だろう。
だが、元々外に出ないのか、焼けにくいのか、色の白い肌で触り心地は悪くない。
親指で目許を擦るようにすると、眉が寄る。
「眠るの、手…繋ぐ?」
明らかに子供扱いしているだろう発言を口にして、俺の手に自分の手を重ねた。
人差指を握るようにしているが、眠気には逆らえないのだろう、力が抜けつつある。
そのまま手を降ろせば、人差指と中指だけを握られた。
温かい手に、ふと、指を絡ませる。
指が交差するように繋いだ手から体温が伝わってきた。
自分の口元が緩んでいることに気がついて、繋いでない方の手で覆う。
手の温度が馴染んで、同じくらいになる頃には、俺もすっかり寝入っていた。