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気のあるそぶりをみせる癖に彼女はいつも楽しそうに笑っている。
なのに、輪から外れた人間が一人でもいると、そこへ何のためらいもなく向かって行って手を差し出す。
一緒に行こう、と穏やかな顔で誘って、引っ張り込んで。
それなのに、気がつくと彼女自身は、そっと輪から離れてこちらを見ているんだ。
「あ、来た。ミスター!」
「は?」
凶悪と言われる彼らの不機嫌そうな声なんてなんのその。
彼女は堂々とした動作で近づいて来たMr.ドンに大きく手を振って近寄って行く。
彼はこちらをじっと見て、呆れたように彼女を見やる。
「悪魔のような女だな」
「えっ…?!」
「この俺に期待をさせておいて、他の男どもを連れてくるとは」
揶揄うような口調には、ほんの少しだけ、気づかれない程度の本気が混じっている。
それを理解できるのは、きっと、同じように彼女の魔力に引き寄せられている男だけだろう。
案の定気がつかない彼女は、ニコニコと笑って、冗談がお上手ですね、と躱す。
手のひらからするりと抜け出すと距離を取り、にこりと笑った。
「行きましょうか、時間が惜しいですから」
当然のようにそう笑って、彼女は誰よりも自然に俺たちを誘導した。
誰と関わるにもバランスよく、と言えるのだろうか。
本当は想われていることを自覚しているのではないかと思わせるほどに器用に動く。
バランスよく、贔屓をしないで、彼女は的確に距離を詰める。
もう少しで届きそうになれば、くるりと踵を返し、また別の人間の元へ。
そんな彼女を一刻も長く自分のもとにひきとめるためにそれぞれがそれぞれ、思考を巡らせる。
アメリカ戦より、激しいものになっている。
自分のもとに留めておくために、暴れてみたり、物を壊してみたり。
途中で合流した五芒星に全力で喧嘩を売る人間もいれば、ふらりとどこかへ消えていこうとする人間もいる。
無言で不機嫌さを露わにしたり、逆に彼女につきまとったり、と大忙しだ。
それなのにうまく回るのは、きっと彼女が彼女だからだろう。
「楽しんでもらえているようで何よりです」
ニッコリと笑う彼女に毒気を抜かれる。
けれど、なぜ、俺の隣に座っているのだろうか。
そんなことをされると、敵視されてちょっと大変なことになるんだけど。
無言のまま帽子を抑えた。
「キッドさんも、楽しんでもらえていますか?」
「ん?」
「キッドさんに楽しんでもらわないと、意味がないので」
ニッコリと笑って、当然のことのように思わせぶりなことを言う。
彼女自身、思わせぶりだとは思っていないのだろう。
多分、誰かの役に立っていないと自分の価値がないと言う強迫観念のようなものがあるからだ。
彼女の手の届く範囲全員が幸せになって、感謝されて、やっと彼女は息ができる。
俺みたいに、捨てて逃げることもできないで。
まっさらになったからこそ、捨てられないのかもしれない。
「楽しんでるよ、大丈夫」
ポンポン、とその頭に手を置く。
少し照れたように目を細めた彼女がふにゃりと力なく笑った。
無防備な顔にどきり、と手が止まった。
「キッドさんは撫でるのがお上手ですねぇ」
なんだか癒されます。
警戒心のかけらもなくすり寄って来られて、ああもう、と心が悲鳴をあげる。
どうしてこうも、うまく近づいてくるのだろうか。
恐ろしいほどの視線を向けられているのにもかかわらず、手を離せないのは、彼女のせいだ。