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優しさに抱き込まれ小早川セナが困ったようにしながら、彼女をじっと見つめる。
その視線を受けた氷雨さんはニコニコと笑って、自分の携帯電話を取り出した。
「ええと、阿含さんと、峨王さんに連絡すればいいんだよね?」
「お、お願いします…」
その言葉ににっこり笑って、気にしないで、と告げてすぐに耳に携帯を当てる。
どうやら先に金剛阿含に電話をしているらしい。
「阿含さん、今週中で空いている日はありますか?」
柔らかく笑みを浮かべたまま、ゆっくりと表現できるくらいの速度で彼女は口にする。
金剛阿含の言葉をすべて聞いてから、一拍おいて返事をしている。
他の誰とも異なるテンポでの会話を続けていているようだ。
その所為か、小早川セナの時のような音が漏れる程の大声は聞こえてこない。
「阿含さんも主力選手ですから、お話を聞かせていただきたいんです、ダメでしょうか?」
彼女のその問いの後、彼女は二言発して、電話を切った。
そしてそのままもう一人に電話をかける。
今度は先ほどよりも強い声の色で、単純明快に話を進めた。
先ほどの金剛阿含との会話よりもスムーズで流れるようなそれは、短時間で終わる。
「ありがとうございました。では今から、お迎えに上がります」
ぴ。
機械音を立てて、携帯電話を仕舞った氷雨さんはにこりと微笑んだ。
小早川セナを見て、雷門太郎を見て、二人の頭を撫でる。
「峨王さんもOKだそうです。それから、お二人とも、今からの話し合いに来てくださるそうで」
「す、すげーッスね…流石、氷雨さん」
「僕には出来そうもないです…主務の筈なのに」
「適材適所、ってことで良いんじゃないかな?」
ぱちり、瞬きながら彼女は告げて、にっこりと笑った。
駅の入り口で彼女は自分のバイクに跨がって、待ち合わせ場所を告げる。
金剛阿含は他の方法でやってくるらしく、彼女が迎えに行くのは峨王力哉ただ一人。
氷雨さんがいないテーブルで、話し合いが始まった。
先に始めててください、と笑った彼女は、商品ができるのを待っているらしい。
話し合いの最初に特定の選手名を口にしたのは峨王力哉だった。
「俺とパワーで並ぶ唯一の漢、栗田だ」
「あ"〜?使えるかよ、あんなカス」
金剛阿含が不満そうに口にしたことで、会議がその形を崩す。
峨王力哉はテーブルを二つに割り、金剛阿含は戦闘態勢に入っていた。
水を安全なソファーの上に移してから、間に入り、受け止める。
己を過信していた訳ではない…だが、恐るべき腕力だ、峨王力哉。
ぐ、と眉を寄せていると、驚いたような声が割って入った。
「何してるんですか!阿含さんも峨王さんも、選抜チームに入れませんよ!」
慌てたように駆け寄ってきた氷雨さんは、自分自身のトレーを小早川セナに渡して、俺に近づいた。
ふわりと柔らかな動きで俺の腕に触れながら、見上げてくる。
「何処か痛む所とか、ありませんか?大丈夫ですか?」
「ああ、問題ない」
頷いてみせれば安心したように、目許を和らげた。
が、すぐにその目を凛々しくつり上げて、峨王力哉と金剛阿含を見る。
そんな目を向けられようと、二人は歯牙にもかけない様子で見返していた。
とはいえ、選抜から外されるのも困るのだろう。
氷雨さんを手伝う意味でも、二人の間に立ったまま、声を上げる。
「ラインマンのことを最も良く知るのはラインマン、各ポジションの専門家の意見を尊重すべきだ」