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離れていても心は君で占められている昨日から妙に大和のテンションが高い。
それは何故なのか、と問いかけてみれば、いつもより輝いた笑顔が返ってくる。
「氷雨が俺に会いにきてくれるんだ」
「氷雨って、この間のあの子?」
「そう、この前電話してね、クリスマスイヴに会いたいって伝えたんだ」
嬉しそうに笑う顔に嘘はない。
だが、泥門の手伝いをしている上、月間アメフトで“悪魔の寵姫”と言われていた彼女が?
素直に頷くとは思えない。
爽やかに笑うこの男に対して、何らかの感情を持っていたようにも見えなかった。
と、そこまで考えて、ふと疑問に思う。
なんで、こんなに彼女のことが思い浮かぶのだろうか?
別にライバルになるような相手でもなければ、直接見たのも、金剛阿含が帝黒に来たあの時だけだ。
張りつけたような笑顔を浮かべていた姿に、何か感じるものでもあったのか。
自分のことなのに、疑問すら湧く。
「なんだい鷹、そんな怖い顔で」
「…別に」
不機嫌に返して、読みかけの本を開いた。
彼女を見つけたのは、クリスマス・イヴの午前9時、日課のロードワークから帰ってきたときだった。
ミニスカにニーハイブーツ、白のロングニットで指先まで隠れている彼女。
髪は緩やかに編み込まれていて、困ったようにホテルのロビーに座っていた。
「…え?」
「あれ?本庄さん?」
ぱちりと瞬いて、膝にかけていたコートの上に小さな鞄を乗せる。
その鞄から、タオルを取り出して、ゆっくりと立ち上がった。
ブーツはある程度ヒールがあるようだが、それでも首は下を向く。
そのタオルを、予想以上に雪に濡れていた俺に差し出した。
「こっちのタオルを使ってください」
俺の持っていっていたタオルは、確かに濡れて、かなりひんやりとしていた。
小さく感謝を述べて、そのタオルを借りる。
「お部屋に戻って、お風呂で暖まった方がいいのでは?」
「…大丈夫、です」
此処、暖かいし。
そう続けて、長袖のジャージを脱いだ。
首を傾げて俺を見上げた彼女は、少し心配そうな表情のまま、こくりと頷く。
暫く無言で此方の様子をうかがってから、彼女は首を傾げた。
「あの、花梨ちゃんは何処にいるか、聞いてもいいですか?」
「花梨…?」
「大和さんにお誘い頂きましたけど、クリスマスボウル前日に敵チームの選手とデートは…」
眉を下げて苦笑する姿に、何故かホッとする。
「そうですか」
「ただ、花梨ちゃんは友人でもありますから」
言いながら嬉しそうに鞄を抱きしめた。
多分、プレゼントでも持ってきているのだろう。
…そういえば、クリスマス、なのか。
じっと彼女の目を見つめて、問いかける。
「イヴなのに…いいんですか?」
「別に、誰とも約束はしていませんし、そもそも、皆さんクリスマスボウルに向けて忙しいですから」
にこりと優しく、愛おしむように微笑んだ彼女。
この笑顔を見ているのは俺だけだと気がついたとき、頬が熱くなった気がした。