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変わらないことを望むこと誰が誰とマンツーマンコーチをするのか、他のメンバーは何を手伝うのか。
それを決めるために到着したのは、マンションの一室。
「じゃぁ、練習時間まで寛いでいてくださいね」
「あの、此処は、」
「妖一さんが所有している部屋の、主に来客用ですね」
私の家でも妖一さんの家でもないですよ。
微笑んだ彼女は、キッチンに消える。
それを視界に入れて、慌ててその背中を追った。
案の定、飲み物を用意していた彼女に近寄る。
「手伝います」
「雲水さん、ありがとうございます」
嬉しそうに笑った顔は可愛らしくて、思わず視線を逸らした。
いえ、とだけ口にして、彼女の隣に並ぶ。
「雲水さんは本当にお優しいですね」
「そんなこと、は」
首を振り、否定をする。
と、彼女は首を傾げて、瞬いた。
それからにっこりと、綺麗に笑みを浮かべる。
「いいえ、優しいですよ。もっと、貪欲になったって良いと思います」
じっと、俺の瞳を見て告げられたそれは、深く突き刺さった。
言葉の並びだけなら、褒められていると感じられるが、実際は違う。
今回のことだけではない、もっと、俺を、根源から否定するような言葉で。
思わず、眉を寄せ、込み上がってくる怒りを押さえつけた。
女性に手を挙げるのも、声を荒げるのも、褒められることではない。
そんな俺の様子を冷静に見つめて、彼女は飲み物をお盆に乗せた。
「やっぱり、優しいじゃないですか」
呆れたように、眉を下げて、彼女は微笑んだ。
「失礼な発言にも、ただ怒ることはなくて、冷静であろうとするでしょう?」
「え、」
「それは、阿含さんにはない、雲水さんの素晴らしい部分です」
ね?と首を傾げて笑って。
心臓を掴まれたような気分になる。
自身を持って良いと、言われたような気がした。
さっきの言葉が、意図的だろうと、そうでなかろうと、関係ない。
ただ、俺を認めてもらえたと言う事実が、大切で。
「じゃぁ、飲み物お願いしますね」
すぐに視線を戸棚に向けて、菓子を探し始める。
表情は楽しそうに普段浮かべているような笑みだ。
お気に入りのお菓子でも見つけたのか、瞳を輝かせて手を伸ばした。
俺が未だに立ち尽くしていることに気がついたのか、俺と目をあわせて、照れたように微笑んだ。
「雲水さんは、雲水さんのままで、“らしい”生き方を見つければ良いと思います」
「…氷雨さん」
「私に言われたくないかもしれないですけどね」
ウインクしてから、俺より先にキッチンを出た。
その後を追いかけて、リビングに出れば、阿鼻叫喚。
端の方で苦笑しながら、申し訳なさそうにしている面子があまりに少ない。
「雲水さん、大きい声で大丈夫なんで、喝!ってやってもらえませんか?」
見上げながらの彼女の言葉に、もう一度全体に視線を向ける。
一度頷いて、ゆっくりと息を吸った。