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ないものねだりをすることその記事は彼女のプロフィールや、質問に答える形式のそれで。
どうやら、色々な人物から気にかけられているらしい。
質問のペンネームで思い浮かぶ人間が何人かいる。
「雲水さん、他のページを見ても良いですか?」
「ええ、どうぞ」
「ありがとうございます」
にこり、笑って、俺の隣に椅子を引き寄せて、座った。
ページを捲る指先は綺麗に整えられていて、控えめなマニキュアが塗られている。
その先のページには、彼女がコメントしている『格好いい選手アンケート』だ。
彼女が一人ひとりに対し自分のイメージを言いながら、寄せられた意見に対して答えた企画。
一休がかなり嬉しそうに自分の部分を見ていたのを知っている。
逆に、俺は怖くて、見ることができないでいた。
折角の機会だ、と視線を向ける。
『この兄にして、あの弟ありだと思います。』
少し大きめの文字で書かれていたそれを疑問に思う。
基本的に、弟…阿含を見て、それから俺を見るのが一般的で。
俺たちを繋げて、関係を見るにしても、珍しい見方だと思う。
そして、文字を追っていく毎に、嬉しいような、悔しいような、そんな気持ちになっていった。
「なんか、皆さんに見られていると思うと恥ずかしいですね」
「なかなか的を射てると思いますが」
筧の言葉に、頷くキッドと甲斐谷。
気がつけば部屋に、赤羽や番場、大田原に進、桜庭たちが来ていた。
遅れると連絡があった一休は俺の方を羨ましそうな目で見ている。
「氷雨さん、そろそろ全員揃ったみたいだよ」
「わ、ありがとうございます」
桜庭に声をかけられて、笑顔で振り返る彼女。
動いたことで、ふわりと甘い香りが広がる。
どきりとするが、平常心を保とうとゆっくり深呼吸をした。
「じゃぁ、これからちょっと色々説明させていただきますので、移動してもらって良いですか?」
微笑んだ彼女は部室から出て、ついて来てください、と案内を始める。
本来であれば俺たちはまだ学校にいる筈の時間にも関わらず、ここにいられるのは、ヒル魔のおかげだ。
まさか、今日が公欠になるなんて、誰が思うだろうか。
「じゃぁ、適当に座ってください。あ、キッドさんは助手席で」
マイクロバスの運転席に座った彼女は、にこりといつものように笑う。
言われた通りに助手席に乗ったキッド以外は、皆適当に座った。
「今日はバイクではないのか」
「だって、皆さんに一度に動いてもらおうと思ったら、流石にバイクは無理でしょう?」
峨王にまで笑って対応する姿に戦慄を覚える。
自分のチームの司令塔で、世話になっている人間が折られて、それでも笑う。
異常であると、可笑しい、と訴える自分がいることに気がついた。
そして、これこそが、きっと、最初に思った不安なのだろう。
「氷雨さんは免許いくつ持ってるんですか?」
甲斐谷の言葉に、彼女は首を傾げる。
「大型二輪と、普通と中型の3つですよ」
「…中型って、普通免許とって2年後じゃないと取れないんじゃ?」
「もらった戸籍には私が18で普通免許を取ったことになっているんです」
もちろん、記憶喪失だからと、もう一度試験はしたんですが…。
苦笑しながら続けた彼女の言葉に、眉を寄せる。
ただ、見ているだけしかできない自分に酷く苛立った。
だからと言って、何ができるのかと言われれば、何もできないのだが。
運転する彼女を見つめることしかできなかった。
※運転免許についての云々は、想像です。
(中型免許については、ネットで調べただけなので、色々スルーしてください。)