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君の顔を歪めさせたい。出会ったあの時のことを言っているのだろう。
一度頷くと、氷雨は苦笑して自分の脇腹を撫でた。
「内側が、事故でやられてるんです」
「運動ができない程に?」
「そうですね、日常生活での小走りが限界だと言われています」
今日はちょっと無理してしまいましたから、病院に。
眉を下げて、バイクのエンジンをかける。
その様子を無言で見ていると、穏やかな表情が向けられた。
凪いだその顔に、目を見開いているうちに、背が向けられる。
何を言うこともなく、そのまま離れていく姿を唖然と見つめた。
「…峨王?」
「面白い」
「ちょ、なんでスイッチ入ってんの?!」
焦ったようなマルコの声すら、どうでもいい。
強者に出会う以外でゾクゾクとするのは初めてだ。
欲しい。
あの女の、目が、感情が、全てが欲しい。
沸き上がる感情に任せ、咆哮する。
「ほんとに、どうしたっちゅー話だよ」
唖然とした状態から一番最初に復活したマルコが、コーラを開けながら問う。
訳が分からない、と語っている表情に笑った。
己よりも低い位置にある男の顔を見て、告げる。
「あの女が欲しい」
「は?…はぁあああ?!なぁにいっちゃってんの、どういうことよ、それ…」
額を抑えながら、開けたコーラを地面に落とす。
その様子を鼻で笑って、バスに乗り込んだ。
必ず、あの女を手に入れる。
過程を思うだけで、楽しくて仕方がない。
次に会うのは、決勝か。
決戦当日。
バスから降りると、泥門の連中が視界に入った。
栗田に近づき、話しかける。
後ろから、うるさく喚く声が聞こえた。
その声に苛々としながら、如月が言葉を返しているのを見る。
天狗の声が聞こえた瞬間だった。
「まだこんなところにいたの?っと…番場さんに白秋のみなさん?」
聞き覚えのある声に、口角がつり上がる。
後ろから、マルコたちの声が聞こえた。
「ヤバイっちゅー話だよ…!」
「氷雨さん、逃げてっ、」
「え?…え?」
意味が分からないと言うように首を傾げながらも、言われた通り全員から距離を置く。
その後ずさりの仕方が、草食動物のようで、ゾクリと喜びがかけた。
弾かれたように近寄って、折らない程度に腕を持つ。
表情を見て、眉を顰める様子がないのを確認した。
驚いて固まっている無防備な首に噛み付く。
「いっ、」
柔らかな肌を突き破らない程度に歯を立てた。
と、掴んでいない方の手が、俺の頭に乗せられる。
わしわしとまるで大型犬でも撫でるかのように、動く手。
首から顔を離して、その顔を見下ろした。