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変わらないお気に入りそれは、太陽対白秋の試合が終わった後だった。
誰かが番場を馬鹿にした瞬間、峨王の雰囲気が変わる。
太陽側の客席に乗り込み、その暴挙を止めるためか、西部の甲斐谷が声を上げた。
観客席の前で二人がにらみ合っているその時、静かに声が上げられる。
「お待ちくださいな」
その声は静まった会場によく響いた。
よいしょっと、と気軽な声をかけながら、峨王が壊した部分から下に降りる。
ゆっくりと、甲斐谷の前に立ち、峨王と比べてはいけないくらいの小ささで、彼を見上げた。
と、途端に首を傾げる。
「彼ではない、と伝えようと思ったのですが、もうご存知なようですね」
嬉しそうに笑った彼女は、一瞬にして表情を無に変えた。
「先ほどの言葉を言った男は、私の属するチームの学校の者。此方で制裁しておきます」
どうか、この場は引いてください。
もう一度、綺麗に微笑んで、彼女は告げる。
その顔には全くと言っていい程に恐怖はない。
「…面白い、名は?」
「え、私の名前ですか?」
予想だにしなかったことを言われたのだろう、ぽかんと口を開いた氷雨さんはじっと峨王を見つめる。
それから、楽しそうに笑って、片手を差し出した。
「氷雨と申します」
「ほう?俺の力を知りながら、握手か」
「満足にスポーツもできないような非力な人間を潰したところで、出場停止になるだけですよ」
くすくすと笑う彼女の手に、峨王は自身の手を重ねる。
ただ、その顔は凶悪な笑みで飾られていて、そのまま彼女の手が折られるのではないかと不安になった。
しかし、そんな様子はなく、彼女は笑顔のままで。
「氷雨か、覚えておこう」
「嬉しいですね。では、私も峨王さんのこと、しっかり覚えておきます」
では、邪魔者は退いておきますね。
峨王の手から、自分の手を引き抜いて、端に避ける。
その様子を見て、口角をつり上げた峨王が、甲斐谷に話しかけた。
すぐに西部のキッド、白秋の円子が現れて何事も無かったかのように終わる。
峨王がいなくなり、誰もがほっと息を吐いた瞬間。
「馬鹿かテメェ!!!」
「ちょ、ま、妖一さん、流石にそれは怖い」
右手に4つのスタンガンを構えたままの蛭魔が彼女に話しかける。
その近くには泥門のメンバーが集まって、全員で説教し始めそうな勢いだ。
中でも、キッカーの彼は相手は女性だと言うのに、胸ぐらを掴みそうで。
「握手の時も全然力込めてこなかったし、明らかだったもの」
「何がだ?自分の非力をわかった上で、何を調べようとしてた?」
「本当にただの怪力だけの人間なのかどうか。今までのデータを見るとそうじゃなさそうだったし」
確認はしておこうと思ったの…心配かけてごめんなさい。
しょぼん、と肩を落として、謝る姿に、ほとんどのメンバーが眉を寄せながらも少し距離を開けた。
が、唯一距離を詰めたのがキッカー。
「氷雨、二度とするな。ただでさえ、普通より脆いんだ」
彼女を抱き寄せるようにした彼の背中に手を回して、軽く叩いた。
普通より脆い、と言う言葉に首を傾げる。
「わかってる。厳くんは心配性だねぇ」
「うるせえ、わかってんなら無理すんな、馬鹿が」