35
縛って連れ去る「私は氷雨、二十歳ってことになっているんですが、記憶喪失だから、詳しいことはわからないんです」
「え?!」
「お医者様によれば、今年の3月に事故、1ヶ月昏睡状態で、目が覚めたら記憶がなくて」
今は妖一さんにお世話になっているんです。
ニコニコと笑って答える女に、違和感の正体が分かった。
記憶がないからこそ、年齢を聞かれても反応が可笑しかったのか。
「なるほど、では誕生日とかも?」
「ええ、でも戸籍も何もないといけないからって、事故の後戸籍をもらったんです」
首を傾げて、真っ直ぐに正面を見つめる。
ポンポンと簡単にそれからの質問にも答えていった。
と、質問者の方が照れるようにして、戸惑ったような声を上げる。
「じ、実はですね…質問の中にアメフト関係者の方からもありまして」
「そうなんですか?いいですよ」
「えっと、ではまず、ヒル魔さんとの関係を教えてください」
「妖一さんは、お世話になっている人であり、私の恩人でもありますね」
なるほど、と答える横で、ガムを膨らませている。
その顔には複雑な感情が浮かんでいた。
にやり、口元に笑みを作る。
俺の顔を直視したのか、カスの隣で脅えたような表情をしていた。
「つ、次に、好きなタイプは?と言うことなんですが、」
「そうですねぇ…、尊敬できる部分がある人、でしょうか?」
それからも着々と質問に答えていく。
アメフトをやっている男についてどう思うか、とか。
アメフトのポジションは何処が好きか、とか。
遊びに行くならどこに行きたいか、とか。
質問が続いていくにつれて、目の前の男の額に青筋が浮かぶ。
だが、同時に俺も苛ついていた。
そんな俺たちに気がついたのか、明らかにひぃっと脅えた声を上げる質問者。
そのまま、その脅えた表情を正面に向けて、手帳に視線を落とした。
「ええと、王城のマネージャーさんからですね。進さんによく触られていますが、どういう関係ですか?」
「清十郎さんですか?どういう関係も何も、好敵手チームの選手とお手伝い、ですけど」
「触られてるって、なんですか?」
「なんか、私の贅肉だらけの肉体が物珍しいらしくて、一回噛まれたときは流石に恐怖を覚えましたけど」
「噛まれた?!何処を!?」
「二の腕のところです。もう吃驚しちゃって。あ、甘噛みだったんで怪我はなかったです」
「…本当に、ほんっとーに、関係はないんですか?」
「疑り深いですねぇ…何もないですって。それに相手が私じゃぁ、申し訳なさすぎですからね」
眉を下げて笑う顔に嘘はない。
だが、だからこそ違和感しか残らない。
しかもどうやら、カスも初耳だったようで、目を見開いている。
それでも、言い切った本人はあっけらかんとしていて、不思議そうに瞬いた。
他に質問は?と続けられた言葉にハッとしたように言葉を続ける。
「最後に、私からのお願いなんですが、『格好いい関東の選手』について、コメントが頂きたいんです」
ぽん、と見せられた紙には、たくさんの名前が乗っていた。
その名前の量を見て、隣で、困った顔をしている。
「この紙頂いて、二人の質問が終わってからでもいいですか?」
その間に考えていますから、と席を立った。
同時に俺も喧嘩ができる体勢に戻り、カスも銃を右手に持ち替える。
ひやぁあああ、とカスの隣で叫び、慌てて最初の席に戻った。
「では、ですね、ズバリ、好きな女の子のタイプは!?」
いつも遊ぶ女の特徴はなんだ、と思うと、すぐに答えが見つかる。
それからの質問に答えて、あのコメントを聞く前に、店を出た。