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高鳴る鼓動さえ気づかないふり表彰式も終わり、全国大会に向けて練習が始まっていた。
が、唐突に床屋に連れて行かれ、髪型を変えられる。
敵が少しでもビビってくれれば儲け物、といういつも通りの考え方が原因だ。
慣れない髪型の所為で、若干視界に邪魔が入るが、時間が経てば慣れるだろう。
「…厳くん?」
ヒル魔に呼ばれたのか。
学校に来ていた氷雨が俺を見て固まる。
明らかに視線は俺の頭だ。
「お、」
「お?」
黒木が氷雨の声を反復する。
部室中の視線が俺たちに集まった。
「お母さんはそんな子に育てた覚えはありません?!」
「お母さんんんん!?」
「え、いや、冗談だけど」
何言ってるの、とでも言いたげな表情だが、ヤツらは腑に落ちない表情をしている。
ふと、セナが首を傾げながら言った。
「でも、氷雨さんが冗談言うの、珍しいですね」
「は?」
俺の言葉に、視線が集中する。
ああ、なるほど、と頷いた。
ちらり、氷雨に視線を向けて、笑う。
「猫被ってたのか」
「違います。真面目さを前面に押し出していたんです」
ぷい、と俺から顔を背ける氷雨の頭を片手で捉えた。
それが子供っぽいって言ってんだろ、と言ってやれば、心外だとでも言いたげな顔。
が、すぐに気を取り直したように、俺に向き直る。
じっと俺の顔を見て、暫く考え込むように黙りこくった。
「氷雨さん何するつもりなんだろうな?」
「なんだろう?怖いことじゃないといいけど」
セナとモン太の二人の声が聞こえている。
三兄弟も氷雨が何をするのかじっと見ているし、姉崎たちもそうだ。
突然、氷雨の頭に乗せていた手に、手が添えられる。
俺の手ごとゆっくり動かして、自分の頬にあてさせた。
手の動きを追っていた視線は自然と氷雨の視線と絡まる。
肌の上を滑らせて、俺の指先を口元に持っていった。
軽く指を曲げさせられて、爪に軽く口付けられる。
その間も視線はあったままで、挑発的に細められた瞳に目を見開く。
瞬間。
「ったぁ!」
頭を抑える氷雨に、その後ろでガムを膨らませている蛭魔。
手には丸まった雑誌を持っている。
不満そうに自分の頭を撫でている氷雨は、ムッとした表情だ。
「折角岡婦長から聞いた大人っぽい仕草で見返そうとしてたのに」
あの人ー?!というセナとモン太の叫びがシンクロした。
…俺も同じ気持ちだ。
さっさと練習行くぞ、と不機嫌そうな顔で部室を出る蛭魔にそれに続く氷雨。
バラバラと出て行ったメンバーを見送る。
ふと、最後に出ようとしていた十文字が振り返った。
その視線に口元を緩める。
氷雨の唇が当たった部分に、見せつけるようにキスをした。