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知らない聞かない見ない言わない感じない案の定、あのビデオには声が入っていた。
結果、部内のほとんどに何話してたか、が筒抜けになっている。
「ムサシャンって結構過保護だよね」
「それは思う。すっごく思う」
表彰式の会場で、スーツを着た氷雨が頷いていた。
筒抜けになった結果、敬語を使うのを辞めたらしい。
曰く、前より仲良くなれた気がする、とか。
「氷雨さん!」
「わ、桜庭さん、高見さんも、こんにちは」
目の前で王城と話し始めたのを見ながら、確認する。
氷雨と話しているのは、王城の桜庭、高見の二人。
近くにはマネージャーと進の姿もある。
「優勝おめでとうございます」
「ああ、ありがとう」
「でも次は、ウチが勝ちますからね?」
首を傾げながら、彼らに笑ってみせる姿に口元が緩んだ。
彼女の言葉の意味に気がついたのか、高見が意味深長な視線をこちらに向ける。
ふ、と笑ってみせれば、奴は眉を寄せて眼鏡を押し上げた。
氷雨は王城のマネージャーと話をしていて此方に気付いていない。
突然、氷雨が後ずさって、俺の後ろに隠れた。
「氷雨?」
「な、なんでもないよ、厳くん!」
「なんでもなくねぇだろ」
何でもない訳がないが、とりあえず、隠したまま話す。
と桜庭が、何故か進を抑えている。
高見がその様子を見て呆れたようにため息を吐いた。
進が一歩近づくと、氷雨が一歩後ずさる。
「進さん、ちょっと止まってくれませんか」
「何故ですか」
「止まってほしいからです」
俺を挟んで会話しないでもらいたいんだが。
なんて思いながらも、進と抑えている桜庭を見る。
必死に抑えている割りに引きずられているのは、単純な力の差だろう。
本当に何があってこんなに逃げてるんだ、と氷雨を振り返る。
脅えている、のと同時に恥ずかしがっているように見える。
「進、とりあえず止まれって!」
「氷雨さんは、進が苦手でしたか?」
桜庭の声に重なるくらいの早さで高見が口にした。
ぎゅう、と俺の服を引っ張る氷雨は、だって、と小さく声を上げる。
「進さんに二の腕が食べられてしまいます」
「…は?」
俺と高見の声が被ったが、その途端、進が眉を寄せた。
そして、足を止め、自分を抑えている桜庭を見る。
「どうして桜庭は、口づ」
「うわあああああ!だからそれは偶然だって!」
「そうです、偶然です!進さんのは違うじゃないですか、明らかに故意的でしたよ!」
桜庭と氷雨の二人が顔を赤くして叫びながら、進の言葉に被せた。
なんかあったな、と思っていると、氷雨が俺の手を引っ張っている。
ん、と視線を向けると、頬を赤くしたまま、声を上げた。
「ああああ、ほら、厳くん、妖一さんが怒るから、早く行こう!王城の皆さんまた今度!」