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自覚しているのか、いないのか西部戦が始まった。
ただ、氷雨さんは今、この会場の何処にもいない。
記憶喪失になった理由が事故だからか、彼女は定期的に病院に行っている。
というのも、この間初めて知ったのだけれど。
あっさりと、病院に行かないと行けないんです、と笑っていた。
本当は試合の日には、検査を延期してもらっていたらしい。
けど、やっぱり、毎週末に試合があって、結果的に医者とヒル魔君から怒られたと言っていた。
途中から行くから、それまでよろしくね、と氷雨さんは何故か指切りまでしていった。
戸籍上では年上だし、普段の行動を見てるとそうでもないのだが。
時折、彼女は酷く幼い。
前半が終わりに近づいた。
ヒル魔君の奇策が通じないことがわかった今、正面から対決しなきゃいけない。
けど…。
前半最後のプレーはキックしかない。
そう思っているときだった。
バタン、と扉を閉める音がする。
軽トラの助手席から降りてきたのは、武蔵君。
彼はそのまま頭に巻いていたタオルを解いて、
「待たせたな」
「セーフですかね?これでもかなり飛ばしてきたんですけど…」
運転席から降りてきた氷雨さんも、駆け寄ってくる。
状況を見て、不安そうな表情を浮かべた。
が、ヒル魔君たちのやり取りを見て、ふと気がついたようにベンチ周りを駆け回る。
「厳くん、厳くん、防具とユニフォーム!」
「ああ、手伝ってくれるか?」
「ん、テーピングは、もう終わってるよね?」
いつものような敬語じゃなくて、気楽な喋り方。
二人の間には何処か気安い空気さえあった。
その様子に私だけじゃなくて、泥門ベンチ全員が驚いている。
が、あくまで武蔵君と氷雨さんは平然としていた。
これが普通で、これ以外の接し方はない、とでもいうかのようだ。
武蔵君の支度が終わると、氷雨さんはいってらっしゃい、と笑った。
「良い子で待ってろ」
氷雨、と続けた武蔵君は、氷雨さんの頭を撫でてからフィールドに向かう。
ヒル魔君と栗田君、武蔵君の三人がフィールドに揃った。
ナレーションで状況を説明しないと。
出した声は、何処か泣きそうに響いた。
武蔵君のキックは成功し、得点が入る。
すぐにハーフタイムに入って、栗田君が武蔵君に抱きつこうとした。
が、あっさり避けられたそれは軽トラックを粉砕することになる。
「ちょ、薬!」
焦ったような氷雨さんの声に、視線が集まった。
その視線に口元をぱちん、と抑えて、首を左右に振る。
もしかして、病気か何かなのか、と彼女を見つめた。
「頭痛薬です。偏頭痛持ちなので、変に心配させてしまってすみません」
眉を下げて苦笑する彼女にホッとして、いつになくテンションの上がっているベンチを見る。
ただ、テンションの上がり過ぎか、栗田君の持っていたケーキに銃弾が飛んだ。
「氷雨、こっち来い」
呼ばれるがままに武蔵君の近くに行った氷雨さん。
どうしてだろうと思ったのだが、その理由はすぐにわかった。
考え込み始めたヒル魔君が、手遊びで銃を乱射し始めたからだ。
さっきまでの氷雨さんは怪我をしても可笑しくない場所にいて、未然に防げて一安心。
なんて、思いながらも、氷雨さんと武蔵君の関係が気になってしまった。