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おめでとう、君はキング・オブ・ヘタレの称号を手に入れた氷雨さんを会場で見かけることはあっても、話したりしなかった。
正確に言えば、話しかけにいけなかっただけなんだけど。
ただ、アメフトの話題抜きのメールのやり取りは続いている。
好きなテレビ番組とか、小説の話、後、勉強の話題も少し。
ちなみに、進に指摘されたことはお互い、知っているがなかったことにしてると言ってもいい。
あの日の後のメールで、色々籠った文章で、気にしなくていいですからね!と。
俺もとりあえず、色々ごめん、ありがとう、とだけ送っておいた。
「本物ー!!」
聞き覚えのある声に、そっちを見る。
と、そこにいるのは、泥門で。
思わず探してしまった彼女と目が合って、にこり、微笑まれた。
驚きながら笑い返して、席に着くときにさり気なく、近くに寄る。
それに気がついた氷雨さんは、人なつこい笑みを浮かべて、すぐ隣に移動してきてくれた。
「こんばんは、桜庭さん。お久しぶり?ですね」
「こんばんは、そんな気は全然しないけどね」
確かに、直接会って話すのは、この間ぶりだから、久しぶりでも間違っていない。
なんて笑い合っていれば、すごい視線を何ヶ所かから感じた。
思わずその視線の出所を探す。
と、高見さんと蛭魔さんのテーブルから、と泥門のテーブル。
あと、進からの視線だった。
「お肉焼けましたよ。どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
ニコニコと笑いながら、焼けた肉を同じテーブルで配る。
袖がつかないように、抑えながら、知らない顔にも気を使っていた。
もう一度目が合った進が、突然立ち上がる。
もう必要量摂取したとか言い始めるのかな、と思いながら、近寄ってくる姿をただ見ていた。
「氷雨さん、」
その声に、驚いたように体を震わせる氷雨さん。
あ、まさか、これは…
「隣に座ってもいいですか?」
「え…あ、と、」
「お、俺、大田原さんに相談があったんだった!」
俺とは反対隣が、あっさり空いた。
大田原さんに相談、って一体何をあの人に相談する気だ。
なんて思わないでもないが、確実にこの場から逃げるための嘘だろう。
氷雨さんが困ったような顔をしながら、俺の方に顔を向けた。
口元を引きつらせて返せば、諦めたように進に向き直る。
「突然、どうされたんです?」
「…腕を、」
ああ、やっぱり、みたいな顔をして氷雨さんは苦笑しながら左手を差し出した。
感謝する、なんて、口にして、進は触りながらじっと氷雨さんの左腕を見つめる。
右手一本でトングを扱いながら、氷雨さんは焼き肉を配ったり、自分の食事をしたりしていて。
器用だと、思わずその手を見つめた。
「桜庭さんも気になります?」
「え、や、」
「個人的に言えば、桜庭さんたちの腕の方が触ってて飽きないと思うんですけどね」
不思議そうに首を傾げて、俺の腕に視線を送る。
肩まで袖を捲ってみせながら、自分の腕に視線を落とした。
触る?とふざけて聞いてみると、氷雨さんは嬉しそうに頷く。
ゆっくりと、撫でるように触ってみたり、血管をなぞってみたりと、結構擽ったい。
と、突然驚いた声を上げた彼女。
視線を向けると、進が氷雨さんの二の腕を甘噛みしている。
すぐにやめさせたけど、彼女は女性陣に連れて行かれてしまって、その日はもう一言も交わせなかった。