◆第5章◆


「よく持ちこたえたな!」
「お疲れさん。それから、おかえり。」


まず、門の衛兵に次々と声を掛けられた。
そこから傭兵協会までの道のりでも、同じような声が掛かった。


お世辞にも、洗練されているとは言い難い町並み、喧騒。
32隊の誰もが、帰って来たのだという安堵を感じた。


そして見えてくる、カルデナルの傭兵の本拠地、カルデナル王立傭兵派遣協会。

美を誇る建物ではない。灰色の石を積んで築かれたその建物は、いかにも屈強な戦士を思わせる。

ジュリア達一行は、協会前の広場で止まった。荷下ろしや出発のための広場だ。

「あーーーー、帰って来たぁー!」

ジュリアは馬から下りて大きく伸びをするとそう言った。

「やっぱいいわあ。ねぇ、サラ?一番に何する?」

「ちょっと、一番にするのは荷下ろし。それから協会への報告でしょ!」

サラはそうたしなめたが、やはり嬉しそうだ。

エリオットも、レイも、クラウスも、隊商の人々も皆それぞれ嬉しそうな表情を浮かべている。

32隊のメンバーでこの都出身なのはレイだけだ。それでも皆、一仕事終えてここに帰ってくるとまるで故郷に帰ってきたかのような気がするのだ。


「エリオット!」

雇い主のイベールと話していたエリオットは、呼ぶ声に振り向いた。

「ああ、シルヴィア。その様子だと、怪我はないみたいだな。」

「ええ。これもあなたたちのおかげよ。こんな素性も判らない私を快く受け入れてくれて本当にありがとう…!一人だったら今頃、盗賊の餌食だったわ。」

「それでも、かすり傷一つないってのは凄いな。ちらっと見たが、あんたはかなりの使い手だな。
まあ、敢えて何も聞かねえよ。こんな時に聞くことじゃないしな。事情もありそうだし。」

「…ありがとう。」

複雑な、そしてどこかほっとしたような笑みを浮かべて、シルヴィアは言った。

「短い間だったけど、お世話になったわ。こんな仕事だから、いつまでも元気で、と言えないのが残念だけど…気をつけて。他の皆にも挨拶ぐらいはしたかったけど、忙しそうだから。」

「ああ、あんたもな。また縁があれば会うこともあるだろうさ。」


二人のささやかな会話は、雑踏に紛れて消えていく。

最後にすっと笑うと、シルヴィアはその銀髪とマントを翻してエリオットに背を向けた。



シルヴィアが自分の馬にまたがり、広場を出ていこうとしたとき、それに気付いたジュリアが慌ててシルヴィアを呼び止めた。

「シルヴィア!待って!」

ジュリアはシルヴィアに駆け寄ると、手を差し出した。
「あの時、助けてくれてありがとう。あなたが居なかったら、あたしは今頃死んでたわ。」

シルヴィアは差し出された手を握り返して言った。
「いいのよ。それにお礼を言いたいのは私のほう。出会えたのがあなたたちでよかったわ。」

それを聞いたジュリアは少し照れたように笑い、笑ったまま尋ねた。
「ねえ、シルヴィア、あなたって凄く強いわよね!一体どうして?」

エリオットが敢えて聞かなかった問いを、ジュリアは事もなげに口にした。その眼に、不審がる要素はかけらもない。単に興味からの質問のようだ。

一瞬、シルヴィアの眼が細まったように見えたが、ジュリアはそれに気付きはしなかった。

「あぁ――私、小さい頃から戦いが身近にあったのよ。だから自然に身についちゃったってわけ。――それじゃあジュリア、また機会があれば会いましょ!ラチェスタ、行けるといいわね!」

シルヴィアはさらりと答え、しかしそれ以上の深入りを避けるかのように別れを告げた。
あくまで笑顔ではあったが。



――以上です。」

エリオットはそう締め括った。
相手は協会の責任者。ちょうど今、今回の仕事の報告を終えたのだ。

「はい、OK。ご苦労さん。次の仕事はまだ入ってないから、暫くは休暇だよ!」

責任者は恰幅のいい初老の男。町の飲み屋のオヤジ、といった風体だが、その顔に斜めに走った大きな傷痕が、厳つさを与えている。彼もまた、かつては腕利きの傭兵だったのだ。足を悪くして、傭兵を引退したらしい。

「お前らも、強くなったなあ。レイやジュリアなんか、ちょっと前までこーんなガキだったのにな。今じゃ盗賊さえも退ける立派な傭兵だと。」

責任者、ルースは腰の辺りに手を持ち上げて言った。

「おいおい、ルースのおっちゃん、そりゃねぇだろ!まあ、立派って言ってくれたってことでいいよ!」

レイが茶化す。
和やかな雰囲気が生まれ、皆が心からの笑顔を浮かべた。


これこそが、32隊のいつもの姿だった。



***



その頃、シルヴィアは。

32隊と別れた後、彼女は暫くどこに行くともなく市場を歩いた。


尾行を避けるためだ。



それから、後ろを馬車が通った時、その陰に隠れるように彼女は路地に滑り込んだ。


しばらく歩くと、路地の突き当たりに小さな店があった。



『ビーダの店・骨董品いろいろ有ります』



「いらっしゃい……お、これはこれは。お久しぶりですな。」

シルヴィアが古くてきしむ扉を開け、一歩店に入ると、小柄で萎びたような男が店の奥から顔をだした。そして客がシルヴィアだとわかるとその顔をぱっと輝かせた。

「久しぶり。相変わらず、元気そうでよかったわ。……突然で悪いけど、ビーダ…」

「はいはい。手に入れましたよ。例の地図です。」

店のカウンターをごそごそと探り、彼が取り出したのは一枚の古びた羊皮紙。


「これが…」

シルヴィアはそっと、薄くなり、今にも破れそうなその羊皮紙を手に取り、広げた。


『汝、何を求むる者ぞ。
彼のものがしかるべく滅されんことを、我は永に願う。』


そう書かれた下には、紛れも無い、商業の島・ラチェスタの地図。

その地図の一点に印が付けてあり、小さな蒼い文字で『偉大なる我が友、マルキルス』と記してあった。


「偉大な魔法使い、マルキルスの唯一の友だった男が書いたとされる地図ですよ。シルヴィア、あなたの探し物はそこにあります。…約束の日まではそんなにないのでしょう?すぐにでも出発したほうがよろしいですよ。」

「そうね…出来るだけ早くラチェスタに行くわ。
――ビーダ、私も頼まれてたもの、持って来たわ。その地図のお代。」

そう言うとシルヴィアは、斜めに背負っていた鞄から小さな包みを取り出した。

「おーおーおー、さすが!!見事なエメラルドですな。それではこれと地図を交換ということで。」

ビーダは目にも留まらぬ速さでルーペを取り出し、エメラルドを日の光に透かしたり、いろいろな角度から覗き込んだりした。

「確かに、受け取りました。ではこれをどうぞ。」

シルヴィアに地図を手渡しながらそう言ったビーダは、彼女が地図をしまった鞄を見て、小声で付け加えた。

「それが再びあなたに使われているところを見てみたいものですな。」


『それ』は、明らかに地図のことを指しているのではなかった。シルヴィアにも伝わったらしく、彼女はちらりと鞄に目を遣って答えた。

「使うべき時が来れば、ね。…それじゃあビーダ、ありがとう。」

「はい、はい。ああ、それからもう一つ。お一人ではない方がいいかも知れませんよ。あなたに何かあったときのために。」



ビーダの店を出たシルヴィアは、大通りを歩きながら考えた。

――一人ではない方がいい、か…――

ふっと息を吐くと、彼女は方向を変えて歩き出した。

彼女の足が向かった先には、傭兵派遣協会がある。



「対象はあなた一人、内容はラチェスタまでの護衛、探し物の支援、三日後に出発、ということですな!」

協会責任者、ルースは契約を確認した。

「ええ。お願いします。」


客は、シルヴィアだった。

「ああそうそう、指名したい隊などはありますかな?空いておればなるべく期待にお応えしますよ。」



「…第――32隊を。」

シルヴィアは、ルースの目を真っ直ぐ見つめて言った。

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