◆第3章◆

夜が明ける。

しかしジュリア達は、まだテントを畳んでもいなかった。

エリオット曰く、「イベール達は少なくともあと2時間はかかるだろうな」ということだ。



「ってことはあれか、朝っぱらから俺たちに盗賊の格好の的になれってことか?」

「ちょっとレイ、本当になりそうなこと言わないでよ。」

ジュリアはうんざりして言った。
これはレイやクラウスもだったが、寝不足なのに朝早く起こされて、しかも出発が遅れるとなると機嫌が良いとはとても言えない。

「しょうがないでしょう、こればっかりはね。雇い主はあっちだもの。」

サラは事もなげに言ったが、暇を持て余していることを隠そうとはしなかった。



「皆、準備してるかー?…って、この状況じゃな。イベールにはなるべく早くするように言ったんだが…あんまり、当てにはならないな。」

テントに戻ってきたエリオットは、薄い茶色の髪を掻きながら言った。

「ま、俺たちがいかにも準備は万端ですって顔してりゃ向こうさんも少しは急ぐだろうから…そろそろテントを畳もう。」


全員、大きく息を吐き出すと、のろのろと動きだした。



***


――ここを…1人で行くのはさすがに厳しいわね…――

ジュリア達のいる隊商のもう少し後ろ、張り出した岩が影を作り、外から見えにくくなっている場所に1人、女がいた。彼女はここで野営をしていたらしい。

マントのフードをかぶっているのであまりよくは見えないが、隙間からのぞく瞳は、澄んだ菫色をしている。


岩陰から出て、辺りを見回していた彼女は、前方に目を凝らした。隊商がいる。テントを畳んでいないところを見ると、出発はまだ先になるようだ。

ひゅっと口笛を吹いて馬を呼ぶと、彼女はひらりと馬にまたがり、朝の光の中へと出て行った。



***



「エリオット!」

クラウスが突然声を上げた。目を細め、隊商の後方を見つめている。

「どうした?」

「馬が1頭、近づいてくる。乗ってるのが男か女かはわからないけど、こっちに向かってるみたいだよ。」

「周りに他にはいないか?」

「ああ、1人。…多分もうエリオットにも見えるよ。」

「……本当だ。1人なら…危険ではないだろう。まあ、一応確かめに行くか。――ジュリア!ちょっと俺と来てくれ!」


「何?」

「いや、たぶん大丈夫だと思うんだが…人が1人、こっちに近づいて来てるんだ。この場所が場所だし、確認にな。」

「…あ、あれね?わかったわ。馬、連れてくるからちょっと待ってて。」



目指している隊商から、馬が2頭こちらに駆けてくる。

――そろそろ来るころだと思ってたけどね…――


彼女は、馬の速度をだんだんと落としてゆき、やがて、止まった。そのまま、やってくる2人を待つ。体型からして、男と女のようだ。



「すみません!」

十分に距離が縮まった時、彼女は声を上げた。

「隊商の方…ですよね?」

やってきた2人――ジュリアとエリオットは一瞬互いに目を合わせると、返答した。

「そうです。あなたは我々のところを目指していたように見受けられましたが?」

「ええ。このあたりは盗賊が多いと聞いていたので…1人でここを越えるのをためらっていたら、あなた方のテントが見えたのです。よければ、ここを過ぎるまでご一緒させていただいてもよろしいですか?」

「それにはまず、あなたが我々の敵ではないことを確認しなければ。我々はあの隊商を守るために雇われているのです。余計な危険は持ち込みたくない。」

「そうですか。…そうでしょうね。でも、私は敵ではありません。私は…いうなれば『捜し屋』とでも言うんでしょうか…依頼されたもの――例えば、宝なんかもそうですが――を探し出して生計を立てているんです。」

「名前は?」

「シルヴィア。あなた方は、傭兵だということですけど…もしかして、カルデナルの?」

「ええ、まあ。それで、あなたが敵ではないという証明は何かありますか?」

エリオットはさらりと受け流して続ける。

「……ありませんね。ただ、ここを越えるという目的が一致しているだけ。」

そう言うとシルヴィアはフードを脱いだ。長い銀色の髪が、菫色の瞳と対照をなす。



サラは、帰ってきたジュリア達を見て1瞬眉をひそめた。3人目が、いたのだ。
「エリオット…」

「ああ、敵ではなさそうだからな。心配するな。…何かあったら、俺も黙っちゃいないさ。」

「そう…。……紹介してくれる?」

「もちろんだ。クラウスとレイを呼んできてくれるか。」



「俺はエリオット。まあ、この隊のまとめ役みたいなもんだ。で、こっちがジュリア。で、クラウスにレイ。それから…」
「私はサラ。よろしくね、シルヴィアさん。」
「ええ、こちらこそ。」



シルヴィアが隊商の中に入って行った後、サラはエリオットにそっと言った。
「私は、信用しないわよ。」
「わかってる。そうしてくれると俺も助かる。」


一行がやっと出発したときには、優に9時を回っていた。

「マジで、ありえねえだろ!俺らが起きたの、夜明け前だぜ?!こんなことなら、もっと寝とけばよかった。」
「はいはい。文句言わないの。どっちにしても、昼間にここを通ることには変わりないんだから。夜よりはましでしょ?」
「まあ…そうだけど。損したのには変わりないだろ。」

ぶつぶつ文句を言っているレイをしり目に、ジュリアはシルヴィアに注意を向けていた。日よけのためなのか、フードを目深にかぶっているし、あまり口数の多い人ではないのだろう、合流してからほとんど喋っていない。時折、考え事でもしているのか眉を寄せたりしている。
しかし、ジュリアはシルヴィアを信用しているわけではなかったが、どういうわけか悪い人ではないような気がしていた。


「ねえ、シルヴィアはエレニウスの人?シルヴィアって、あの『胡蝶将軍』もその名前じゃなかった?」
「あなたは…ジュリア、よね?…ええ。エレニウスにはこの名前は多いの。今あなたが言った『胡蝶将軍』シルヴィア以来ね。彼女が生きたのは昔のことだけど、女性の社会進出のきっかけになった偉大な人だから、今でも人気の名前なのよ。」
「私、とっても尊敬しているのよ!女性でありながら高い地位に昇りつめたんだもの。ほんと、すごいわよね…憧れる…!
…あ、そうそう、シルヴィアはいろんなものを探す人なんでしょ?今までどんなものを探してきたの?聞いても良いなら話してくれる?」

「…いいわよ、…そうね、一番高価だったのは、古代に栄えたオルヴァス王国の遺品。魔法で滅ぼされた国だから、めったに遺品は見つからないの。依頼されて探したものだったけど、手放したくなかったくらいだったわ。大切にしてくれていればいいのだけど。」

そう言って微笑んだシルヴィアは、とても綺麗だった。サラも文句のつけようのない美人だが、シルヴィアには別の美しさがあると、ジュリアは思った。

「へえ〜!私も見てみたかったな。今は?何か仕事の途中なの?」
「違うわ。仕事を終えたところなの。これから、カルデナルへ行ってそこからラチェスタに渡ろうと思ってるわ。」
「ラチェスタに?!あそこは島全体がすごく大きな商業都市だって聞いてるわ。本当なの?カルデナルの王都よりも大きいの?まだ私は行ったことがないのよ。」
「ラチェスタは、商業目的で建設された街だし、王都ってわけでもないから、カルデナルの都とはまた違った雰囲気があるわ。大きさはカルデナルの方が勝ってたと思うけど――ラチェスタは島だしね――いろいろなものが一点に集約されている感じ。…いつか行けるわ。一度行くと忘れられない場所よ。」



ジュリアと話すシルヴィアを、サラは少し後ろから黙って見ていた。
そしてシルヴィアは、振り返りはしなかったもののその視線にははっきりと気付いていた。



***



シルヴィアと32隊の5人が、不穏な気配に気づいたのはほぼ同時だった。

「クラウス!何か見えるか?!」
エリオットが緊迫した声を上げる。

「…っ西から馬に乗った一団が来る!…ヤバそうな感じだよ…!!」
「…いよいよ盗賊のお出ましってか……」

「ごめん、エリオット。僕がもっと早く気付けばよかった。」
「いや、十分だ。それにクラウス、この隊の中でいちばん目が良いお前が気付かなかったんだ、わかるはずがない。…おい、皆準備をしろ!隊形は朝言ったとおりに!…サラ!イベール達に伝えてきてくれ。何があっても止まるな、ってな!
…おい、シルヴィア、何か武器はあるか?」
「ええ。短剣なら。」
「そうか。悪いが、自分の身は自分で守ってくれ。おれたちにはあんたを守る暇はないからな。」
「わかったわ。」
「じゃあな。――よし、皆、あんまり怪我、するなよ!行こう!」

言い終わらないうちにエリオットは馬にまたがると、即座に剣を抜いて配置について行った。
シルヴィアの視界から消えるその瞬間、彼が不敵な笑みが翻ったように見えたのは、傭兵としての…戦う者としての血が騒いだからだろうか。

|
page:

page top
top main link
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -