◆第2章◆


「…彼女の銃は純白で、銀で装飾がなされてるんだ。で、銃身の中心に“E”の飾り文字。EってのはエレニウスのE…」

「ちょっとクラウス、さっきからそればっかじゃない。しかも何度も聞いたし。レナ・エアハルトを尊敬するのはいいけど、やりすぎじゃない?」

ジュリア・ランカスターは心持ちうんざりしてクラウス・タイラーをからかった。

「いいじゃないか。僕ら飛び道具使いは皆、彼女が目標なんだ。それにジュリア、君だって兄を尊敬してるから、今、傭兵なんてやってるんだろう?」


そう。この濃い茶色の髪をポニーテールにし、意思の強そうな黒い瞳を持つ少女、ジュリア・ランカスターはジョシュア・ランカスターの妹だ。だから、彼女は兄の七光りで傭兵をやっていると思われがちだが、そうではない。彼女にもそれなりの実力はあるのだ。

「違っ…いや、違わないけど。確かにあたしも兄さんを尊敬してるわ。だけどあたしが傭兵やってるのは自分の意思だし、兄さんを探したいからよ!」

「いや、ごめんごめん。そんなにムキにならなくても分かってるって!」


そう言うとクラウスはウインクして、隊商のテントに入って行った。

――まったく…――

ジュリアは思った。クラウスはいい奴だし、顔もそこそこなのだが(事実、彼の綺麗な金髪と秋空ように蒼い眼は、依頼人の貴婦人たちをしばしば引き付けていた)、少し、ナルシストなのが玉にキズだった。


ジュリアはテントには戻らず、その場に座り込み、星を見上げた。

――兄さん…兄さんは今、どこにいるの?同じ星空を見てるの?――


ジュリアが6歳の時、兄・ジョシュアは一流の騎士になると言って旅に出た。

それから何の便りもない。
そのころカルデナルとエレニウスは戦争中だったから、父も母もとても心配していた。

6年後、カルデナルでジョシュアは名声を手にし、その噂はジュリアの村にも届いた。

しかし、ジョシュアは家族の許に戻ってこなかった。

いくら待っても、戻らなかった。


そのうち、母、父と順に死んで、ジュリアは 1人になった。



そしてジュリアは、たった1人の肉親を探すために村を出た。



が。
ジュリアがカルデナルの傭兵派遣協会を訪れた時、既にジョシュアは協会を離れた後だった。



そしてジュリアは、兄を探すために自らも傭兵となった。

1人よりも、5人のほうが心強いし、傭兵になったほうがいろいろな場所へ行けるからだ。
“傭兵”に、兄への憧れがあったということもある。



「ジュリアー!」


呼ぶ声に、ジュリアの思考は途絶えた。この声はサラ・ローレンスだ。テントの中から呼んでいる。

「もうそろそろ入りなさいよ。明日は早いんだから。」

「はいはい。今行くわ!」


「ねえサラ、どうしてあなたは傭兵になったの?」
もう寝る準備もできたテントで、ジュリアは唐突に聞いた。

「え?」
「だって、サラってどう見ても“傭兵”って感じには見えないもの。頭いいし、その外見だし。」

漆黒の長い髪に濃紫の瞳、その上美人。それにサラは武器の扱いはあまり上手くなく、むしろ策士で、32隊の参謀役をしている。

ドレスを来て、どこかの宮殿で微笑んでいる、そんな姿が容易に想像できる人物だった。

「いかにもな外見じゃないと、傭兵やっちゃいけないの?それに、何か違う想像してるみたいだけど…私はただの商人の娘よ。」

「商人?!じゃ、お金持ちじゃない!ますます不思議だわ…」
「昔はね。…うちは代々陶器を扱ってた商家で、祖父の代までは大富豪だった。だけど、私が12歳のとき、家が火事になったの。同業者の手の者の放火だったようなんだけど、私達は家も財産も失った。それから父は商売を立て直そうと努力したんだけど、うまくいかなくて。だから長女の私が働きに出なくちゃならなくなったのよ。で、今、このカルデナルで一番儲かる仕事っていうのが、傭兵業。」

「そうなの…ごめんね、こんなこと聞いて。でも、この仕事が危険だとか思わないの?」

「確かにそうだわ。私は剣とか使えないし。けど、家への仕送りには十分稼げるし、私の身分も保証されるから餓え死ぬことはないもの。」

「そっか…大変なんだね。…あたしは…」
「もう寝ましょう。さっきも言ったけど、明日は早いわ。」

サラはジュリアの言葉を遮って笑うと、ランプの明かりを消した。



***



「……ア…起きて。…ジュリア。」

ジュリアは夢の中でサラの声を聞いた。

……いや、これは夢じゃない。サラがジュリアを起こそうとしている。


体は眠ったまま、ジュリアの意識は覚醒した。

「…何…?」
「エリオットが呼んでるわ。向こうのテントに来てくれって。」

「今何時よ…?」
「もうすぐ夜明けよ。さあ起きて。」

「…それって、まだ夜も明けてないってことじゃない…っ」

「ええそうよ。言ったでしょ、今日は早いって。みんなに相談したいことがあるみたいよ。」

ここで言う“みんな”とは、32隊の5人のことだ。

「…っはいはい、…今、起きるわ…」

ジュリアはぎゅっと目をつぶって大きく息をはき、覚悟を決めたように勢いよく起き上がった。

「おはよう、ジュリア。」
サラはにっこりと笑って言った。
「サラ……凄いね…」

ジュリアの欠伸混じりの苦笑を、サラは何もなかったように聞き流している。


大きく伸びをしてジュリアは立ち上がり、手早く髪を束ねて、剣を左腰に吊る。
これは習慣だ。

「さ、準備は出来た。行きましょ!」
眠気を振り払うために、わざと大きめの声を出し、ジュリアはテントを出た。サラも、テントの入口を閉めたことを確認して歩きだす。



夜明け直前の清澄な空気が、辺りを満たしていた。


「おはようジュリア。眠そうだな。」

「おはよ…そりゃ、当たり前でしょ。」

「そうは言ってもまだいいほうだろ。お前昨夜は見張りに当たってなかったんだから。クラウスとレイなんか、悲惨なもんだ。」

自分も昨夜は見張りをしていたはずなのに、エリオットは全く眠くないようだ。
この場にいる5人の中で完全に目が覚めているのは、サラとエリオットだけのようだ。
あとの3人は、それぞれ欠伸をしたり、ぼーっと足元を見つめたりしている。

「今日は昨日言ったように夜明けと共に出発する。…おい、レイ、起きろ!」

レイ・イーストウッドははっと目を覚ました。いつもは元気よく跳びはねている赤い髪も、今は心なしか萎れている。

「…あ、悪い、エリオット。ちゃんと起きてるからさ…」

そう言いつつも、かなり眠そうだ。エリオットは苦笑して続けた。

「今日通る辺りは盗賊が多い。今回の仕事の山場になるだろう。気を引き締めておいたほうがいいだろうな。」

「じゃ何でそんなとこ通るんだよ?」

「イベール氏のたっての希望なんだよ。早くカルデナルに着きたいんだと。」

「隊形は?」
これは、サラだ。

「そうだな。考えたんだが、この隊商は小さいから前方はイベールの従者達で十分だろう。俺達は側面と後方だ。しんがりは俺がつく。レイ、お前は左、右はジュリアだ。サラとクラウスは中央に居てくれ。クラウスは狙撃。サラは全体を見て指示を出してくれ。…これでいいか?」

皆、異口同音に頷いた。
「よし、それじゃ朝メシ食って用意しとけよ。目もしっかり覚ましとけ。俺はイベールの雇い主様を起こして、計画を伝えてくるから。」



「ほんと、スゲェよな。さっすがエリオット。素早いし、的確だし。」

「あらレイ、知らないの?エリオットって、結構有名なのよ?『エリオット・アーベル、彼は何でも出来る』、ってね。」

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