◆序章◆



魔法がこの世界から消えて500年余り。

魔法で栄えた国は、皆滅びるか、農業で細々と生活する集落と成り果てていた。


魔法がこの世界から消えて500年余り。

昔は魔法使いたちがたくさん行き交った街道を、今、騎士や商人や旅人が歩いている。



魔法は過去の遺物である。





この世界に、1つだけ生き残った魔法が在るという。



『蒼の女王』


それがどんな形をしているのかは誰も知らない。

『女王』は人間の命を固形化する力を持つ。

それを食し続ければ不死の存在となるのだ。



『蒼の女王』は『緋の王』と対であった。

『王』は、人間の命を金に変える力を持つ。



今から約500年前――魔法が消える少し前――に、ある偉大な魔法使いが『王』と『女王』を破壊しようとした。


人間の命と引き換えに、不死を得る『女王』。

人間の命と引き換えに、富を得る『王』。


これらは魔法の無くなった世界において強大な力を持ちすぎるからだ。

強大な力は戦いを生む。



彼は『王』を発見し、破壊した。


しかし彼は、『女王』を見つけだすことはできなかった。



そして彼はその寿命が尽きる前に、『女王』の破壊方法を残した。


後世に生きる者が、『女王』を破壊してくれることを信じて――……




***




エレニウス帝国、帝都・ロイスダール。


「ジョシュア!!」
「!!…レナ!」

夜中だというのに王宮には篝火が燃え盛り、兵士たちの声や鎧が立てる音は、慌ただしさを物語っている。

「あなたの馬も連れてきたわ!早く乗って!!」

「………っ」

「私はあなたの味方よ!!信じて!!」


兵士たちが近づいてくる音が聞こえる。

ジョシュアは馬に飛び乗った。

すかさずレナは自分の乗馬の馬首を転じる。

「急いでここから脱出しないと…!逃げられなくなるわ!『女王』は!?」

「ここにある!…くそっ、城門はもう閉鎖されたはずだ。どうする…っ」

「抜け道があるわ。着いて来て!!」


そう言うやいなや、レナはその長い髪をなびかせ、馬を駆った。



この日、王宮から、500年もの空白を経て発見された『蒼の女王』が盗まれた。

犯人は判っている。


ジョシュア・ランカスター。

彼はエレニウス帝国一の剣の使い手であり、皇帝直属の護衛部隊・『王の騎士』の5人の隊長だった。


レナ・エアハルト。

彼女は首謀者ではないが、ジョシュア・ランカスターの逃亡を幇助した。
彼女は帝国きっての実力を持つ密偵で、銃による狙撃の腕で彼女の右に出る者はいなかった。その仕事の性質上、公にその存在が明かされてはいなかったが、皇帝に近しく、彼女を知る者の中には、ひそかに彼女を6人目の『王の騎士』に数える者もあった。



王宮中、いや、彼らを知る者全てが2人のこの反逆に愕然とした。

2人は皇帝からの信頼が最も厚く、2人の帝国への忠誠心の深さは周知のものだったからだ。


『女王』が盗まれたこと、犯人がその2人であったことを知ると、皇帝は、激怒するとともにたいそう焦っていたという。

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