今もなお苦手な雨が体の熱を奪う。出先で降られた雨に走り宿に向かう気になれず、路地裏へ入り雨宿りをしていた。感傷に浸っている訳ではない。途方に暮れているのだ。此の儘自分が暫く帰らねば、宿の中のしょうもない男達が部屋を散らかしたり何か騒ぎを起こしたりするのではないか…其処まで考えたところで、八戒の動きが一瞬止まる。自分の今の発想がとても平和的な日常であったことに気が付いた。それが少し可笑しくて、口元を綻ばせる。誰も見てないと思っていたものの、一人ニヤけるのは恥ずかしく、思わず片手で覆って隠した。

「お兄さん」

その瞬間である。
人の気配など感じ取られなかった其処から声が発せられた。
即座に振り返りその先を睨み付け構える。視界に入りこんだのはベールを深々と被り、性別も年齢すらも見た目からは判断できない易者。しゃがれた声から、男性のようではあった。探るように観察し、緊張を解かぬまま八戒は相手の真意を測るべく言葉を発する。一見人好きするような笑顔を浮かべた穏やかな調子であるが、目だけは笑っていない。


「…気配はしなかったのですが、いやー可笑しいですね」


それに騙されているのか、はたまた気にも留めていないのか、易者は質問に答える事無く、
手元のカードを卓の上で混ぜる。

妖気も殺気も無い。

その場を後にするかという考えが一瞬よぎるが、例外もある事だ。その場にとどまるが、話も碌に聞かない正体不明な男の為に、嫌いな雨に濡れつづけるのは面白くない。



「今、不機嫌なんですよね。僕。もし、一般の方なら危害を加えたら申し訳ないですし。敵さんなら倒さなきゃいけないんです。はっきりしていただけませんか?」

目を細めて柔らと微笑む。

そこで易者は手を止めた。瞬時に一枚引き抜き八戒へ向かって投げつける。
敵だったかと、手を後ろに引き前へ両手で気功を出すが、カードは風でふわりと舞って宙に浮く。拍子抜けして気功を止めれば、下へと落下してきた。ちょうど手元に降ってきたカードを手に取る。絵柄は逆さ吊りの男であり、タロットカードであったことが分かった。改めて易者を見ようと顔を上げるが、そこにはもう誰もいない。


「それがあなたです」


何処からともなく反響する男の声。

雨だけが変わらず地面を濡らしていた。






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