無関係



子持ち。


なんだよなぁ、と筋トレに精を出す虎徹を視界の端にとらえながら、トレーニングルームを後にした。

初めて子持ちと聞いた時、にわかには信じ難かった。ドジだし、危なっかしいし、いい年しても全然落ち着きがないし。調子がいいし、誰にでも好かれるし、憎めないし、優しいし――…ああ、自分はいったい何を考えているんだろうか。

ぶんぶん、と雑念を飛ばすように頭を振って、コーラをぐいっとひと飲みして乾いた喉をうるおす。ふう、と一息吐いて、口を拭って自分を落ち着かせる。この間から何かおかしい。どうして、子供がいる事が、結婚していることがこんなにショックだったんだろうか。ふと気を抜くとあいつの事を考えてしまう。現に今もそうだ。


もう一回、と思い切り頭を振って気持ちを切り替える。拳を握り、「よし」っと気合いを入れて腕を引くと、小さな衝撃と共にそこから可愛らしい声が聞えた。




「…きゃ」
「――…あ、ごめん!大丈夫!?怪我、してない…?」
「あ、大丈夫です!」


振り返ると、自分より少し低い位置にある頭が見えた。どうやら、不注意でぶつかってしまったらしく、慌てて謝る。髪をサイドに結わえていて、ぴょんっと主張するリボンが兎を連想させる可愛らしい女の子。何処か、記憶に引っ掛かる感じがしてじっとその子を見詰めると、その子が不思議そうにこちらを見た。まずい、と思い。本当にごめんね、と言ってその場を逃げるように小走りで去って、適当なお店に入る。顔は向けず、目線だけでその子を見れば、彼女は不思議そうに一時こちらを見たが、直ぐに彼女も人ごみの中に消えていった。






「あら、なーに見てニヤけてんの?やーらしー」
「やらしー、ってなんだよ。娘だよ、娘」



筋トレにも身が入らずに、ぼーっとしていると不意に耳に話し声が入ってきた。なんだ、なんだと集まる人だかりに自分も紛れる。虎徹のIpadに映された、女の子が視界に飛び込んでくると思わず声が上がりそうになり、ぱっと両手で自分の口を覆った。




(昨日の、あの子…そうだ、娘さんだって言ってた!)



記憶に引っ掛かっていたのはこれだったのだと、妙にすっきりした気持ちと思わぬところでの出会いへの驚きでなんだか少し興奮した気持ちになる。誰かに話したい、と思ったがそこではたと気がついた。自分は一体何を話すというのだろうか。


向こうにとって、自分は他人だ。
例え縁があってもう一度出会ったとしても、おそらく自分はあの子にとって他人だろう。お父さんの仕事仲間、と云ったところでそのときの虎徹はあのこの父ではない。自分はタイガーの仕事仲間ではあれど、それだけなのだ。




(なんで、こんなに哀しいんだろ)





いったい自分は何を考えているんだろうか。
何回目かいい加減に分からなくなった自問をし、頭を抱える。


答えの出ない自問自答を繰り返す。
あの子と、あいつと、隣に居た誰かを考えると胸が痛くて、目を閉じて強制的に思考停止と決め込んだ。
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テーマ「人外ファンタジー」
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