その名前で呼ばないで





青い薔薇とは大層いい名前をつけられたものだ。

ヒーローはなりたくてなったわけではない。私の夢は歌手だ。プロデューサーの意向で歌手デビューさせる条件が『ヒーローとしての活動』だった。ただ、それだけだったのだ。


上げ底の胸に、恥ずかしい決め台詞。それからよく分からないキャラ作り。

全身を青に包んで、本当の私は一体どこだっていうの。





「おい、ブルーローズ」
「ッ…その名前で呼ばないでよ!」



不意に呼ばれた自分のヒーローとしての名前。それに過剰反応してしまう。呼んだ張本人である虎徹は、驚きに目を丸くするが、生来の鈍さ故か直ぐに表情を和らげて、軽い調子でどうした、と聞いてくる。この男がこうなのはいつもと変わりないのに、今だけは無情に腹立たしい。何故、分からないのだろうか。その名前は好きじゃない。

――…特にこいつだけには呼ばれたくないのに。



涙が溢れそうで、目に力を入れて何とか堪えながら相手を睨みつけた。
相手の方が少し高いお蔭で、顔が少し上向きになるため、涙が零れず少し助かった。


困っているんだろう。目前の相手はどうしたらいいか分からず、落ち着きがない。なんで自分は八つ当たりをしてしまったのだろうか。何で、取り繕わず、今も相手を睨んでいるのだろうか。自分で作ってしまったというのに、この場から逃げ出してしまいたかった。握った拳が力の行き場がなくて、震えている。もう、限界だった。相手の目を見ていられない。視線から逃げたい。この状況から逃げ出したいのだ。



暫くして虎徹が溜息をつき、ふらっとその場から離れた。



途端、限界だと顔を両手で覆い下に向ける。そうすると涙が重力にしたがって落ちた。




「溜めこむのもよくねーと思うぜ?」
「…あ」



どうして。



行ったと思った相手の声が聞えたかと思えば、頭に暖かな人のぬくもり。大きな相手の手だ。手を少し避けて、隙間から覗く。人好きしそうな、笑顔が己に向けられていた。それが、逆に涙腺を刺激して、ぼろぼろと涙が勝手に零れ落ちる。見せるまいとずっと手で覆っていると、横からタオルが差し出された。どこかで貰ったような、商店の名前がプリンとされたダサイタオル。ダサイタオルを貰うのは二度目で、なんだか可笑しくて笑ってしまう。涙も何処かにふっとんだ。虎徹は自分のセンスをボロクソに言われて文句を言っていったが、いつの間にか一緒に馬鹿みたいに笑っていた。




「なぁ、お前の名前。教えてくれよ」
『カリーナ』

ひとしきり笑い終えると、涙目を拭いながら虎徹が尋ねる。それを受けてさらさらとメモにペンを走らせて、1枚はがして渡してやった。


「なんで文字で書くんだ?」


首を傾げる相手にむっと頬を膨らませ、メモを取り上げようと手を伸ばす。

「いっ、いいでしょ別に!いいわよ、要らないなら返してもら――…」





「カリーナ」





ああ、なんで。

なんだって、貴方はそうなの。






伸ばした手に先ほどのメモが渡された。



「もう覚えたからいらねぇよ。これからそっちで呼ぶし忘れることもないだろ」
「……仕事の時に、間違えて呼ばないでよね」



なんとか出てきた悪態に、相手は分かってるよ、と片手をあげて今度こそ自分に背を向けて去って行った。




今だけは、他の人皆にブルーローズと呼ばれたい。
耳に残った余韻を、上書きされたくない。



去って行った方を見詰め、両手で自分の頬を触ると、少し暑い。多分、今の自分は青色なんかじゃなくて桃色が差しているのだろう。






(青い薔薇の花言葉:不可能・有り得ない……後に開発に成功して「奇跡」「神の祝福」という言葉が加わる)


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