夏祭りに咲いた花


脚が痛い。

花火が打ち上がり、周りがざわめく中。神楽は音だけを聞きながら、一人群衆から離れて悪態づいていた。
腕には、射的の景品を持てあます位ぶら下げて頭にはお面。更に口には銀時に買ってもらったイカ焼きを咥えており、何処から見ても祭を誰よりも満喫している格好だ。神楽は勿論、花火だって見るつもりだった。寧ろ皆で見るのを楽しみにしていたのだ。

「くそー!こんな恰好やっぱりしてくるんじゃなかったアルゥゥゥウ!――って、あだだだだ!」

遣り切れない気持ちを、叫びながらその場で地団太を踏む。すると、足に激痛が走って変な声が出ると共に思わず涙目になってしまう。
神楽は恨めしそうな目で、己の足を見る。

その目に映ったのは慣れない鼻緒で赤くなってしまった可哀想な足だった。


「浴衣って動きにくいし、やっぱ私には無理ネ」


出先のことだった。
お妙に折角だからと着せられた浴衣は、暗めの赤を基調とした蝶の柄で、神楽の桃色の髪がよく映える綺麗なものだった。髪もお団子一つに結いあげられ、いつもと違う姿がむず痒く、銀時と新八の前に出るのが少し気恥ずかしかった。

だが、それも屋台に繰り出す前までだった。

一度祭だ屋台だ焼きそばだ射的だ喧嘩だと、騒ぎだしたらもう邪魔で仕方がない。
浴衣は大股で歩けないし、下駄の所為で足が痛い。

足が痛い所為で、花火の時間になったというのに、はぐれてしまった銀時達を探しまわる気力もない。

神楽は途方にくれていた。




「オイ、おめェこんなトコで何してんでィ」
「へ、ッ――お前、何でこんなとこに居るアルか!」


物音がしたかと思ったら嫌という程聞き覚えのある声に、神楽は振り返り様指を突き刺す。沖田も沖田で、出くわしたのが面白くないと舌打ちをして、神楽の元へ歩み寄ると自分を突き刺す指を下ろさせた。

沖田が神楽を見て、一瞬止まる。
それを不思議そうに神楽が見ていると沖田は神楽を指差した。



「な!お前、自分で辞めさせといて、お前も指差してんじゃねーかヨ!」
「おまわりさーん、ここに恥女がいまーす。たすけて、ぼく怖いヨー」
「な、な!何の話ヨ!大体、お巡はおま――!」
「それ」


尚も指差す沖田に神楽はそちらに視線を落とす。



「気崩れてるぜィ、何処の遊女だてめェ」



気崩れて何時の間にか前が肌蹴ているは、脚が見えているは。
良い当てられて初めて気づいた。




「――っつ!」




ごんッと鈍い音が沖田の頭から鳴ると、遅れてコツン、っと下駄が地面に落ちる音がした。
神楽が投げ付けたものだ。

そのまま裸足で一目散に逃げ帰る。
花火の音も、後ろで何か言ってる沖田の声も全部無視を決め込んで。



下駄を拾い、もう見えなくなった神楽の走っていった方向を見詰める。
手に残った下駄を困ったように見詰めて溜息を吐いた。



「…おい、これどーすんでィ」







下駄をすてて、走ってみると脚は一気に軽さを取り戻した。



「姐御…ごめんアル」
「あら…どうしたの、その格好…それに足まで」

息を切らせて帰って来た神楽に、お妙は驚く。よく見ればしっかり着せてやった浴衣は肌蹴ていて、下駄もない。まさか、とお妙は悪い考えがいの一番によぎり、薙刀をガッと手とってわなわなと震えた。

「まさか!暴漢にで襲われたんじゃ――」
「ち、違うアル!姐御ォォォォ!落ち着くアルゥゥゥ!」


今にも殺しに行きそうな勢いに神楽は驚き抱きついて、必死に止めた。


「え、違うの?」


じゃあ何だとお妙は首をかしげる。
しかし、その返答は返って来ない上に、神楽が抱きついたまま離れない。


「どうか、した?」


優しく神楽の頭の上に手を置く。
そうすると、神楽の肩が小さく震え始めた。


「…ごめん、アル」
「どうしてあやまるの」
「浴衣、折角姐御に着せで、もらっ、だのに、う―…ぐちゃぐちゃに、しちゃって…」
「あら、そんなこと…いいのよ。また直してあげるわ」
「でも…!」
「それより、今鼻水ついてることの方が個人的には気になるんだけど」

「わわ、ゴメンアル!」
「ふふ、やっと顔を上げてくれた」


ガバッと顔を上げると、そこにはお妙の優しく笑った顔。
それがとても嬉しくて、逆に涙が出てくる。


「ほら、着付け直してあげるわ」

ハンカチで涙をぬぐうと、手際よく乱れた浴衣元のように直す。
その手際の良さが素敵だと、神楽はお妙を見て思わず感嘆の息を漏らした。


「ふわー、姐御すげェアルな…」
「はい、完成。ほら、まだ花火終わってないんだから。行って来なさい」
「あ!でも…私、下駄が…」


お妙に肩を押されてそこでようやく思い出した。ここまで裸足で来た事を。
申し訳なさそうに目を伏せて、脚元ばかり見詰めていると、お妙は再び神楽の肩を叩いた。


「大丈夫よ、ほら…」


お妙の言葉を不思議に思い顔を上げる。
すると玄関の方を指差した。まんだか今日はみんな指をさしてばかりだ、なんてくだらない事を考えていると、そこからひょっこり見知った人物が顔を覗かせた。



「…え、なななな!何でお前が…!」

「うっせーやい」

それは、随分ばつの悪そうな顔をした沖田だった。花火の音が遠くに聞える中、ゆっくりとした一人の足音が聞える。


「姐御に免じて、仕方ねーから運んでやらァ」
「お前の背中なんて、吐き気がするあるオエェェェ」
「歩けねーくせに、生意気言ってんじゃねーよ」


足音は一人分だが、話声は二人だ。
沖田が神楽を背負っているのだ。

人ごみから外れたところを、静かに花火が見える方を目指して歩く。


「あ、見えたアル!」
「たーまやー」

鬱蒼とした木々が消え、開けた場所につくと空に綺麗な花火が登った。
音だけの時とは迫力の違うそれに神楽は楽しげにはしゃぐ。
花火が消えると、その明るさで隠れていた星達が姿を現した。

沖田はそれを見て、空が綺麗だと単純にそう思った。
大嫌いなムカツク女を背負っていても、空は変わりはい。綺麗だった。


何だか可笑しくて、ちょっと面白くなくて。
花火が上がると、空に花が咲いたようで、もっと綺麗に見えて…。
神楽のはしゃいだ声が、別に不快じゃなくて――。



(あーあ、調子狂う)




何もかも、全部花火の所為だ、と。
後ろの荷物をいつ落としてやろうか、と。



そんな事を考えながら空を見上げる。


一際大きな花火が上がった。






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