正反対
小さな頃の記憶なんてあまり覚えていない。物心ついた時には姉と二人で暮らしていて、記憶の中でいつも彼女は笑っていた。苦しい時だってあったに違いない。それでも彼女はそんなそぶりなんて見せなかった。若いのに、遣りたいことも沢山あっただろう。悔しいが、このように考えられる年になった頃には彼女は病魔に蝕まれていた。
実際、自分が居なかったら彼女の花のような短い人生を、もっと自由に過ごせたのではないかと考えたりもした。しかしそんな事を口にした日には、近藤にキツイ一発を叩き込まれるのだろうと思う。どうにも出来ない事は必ずあるわけで、それでも割り切れない事もある。土方は今でも死ねば良いと本気で思ってるが、そんな憎たらしい土方が、姉の事を……くそ腹立たしくて、ヘドが出るが、自分の事も気にかけている事も知っている。とにかく自分にとって姉は全てで、命を掛けて守りたい存在なのだ。
それなのに、一体こいつは何なんだ。
「悪いねィ…殺気に反応するように出来てるんでさァ」
「…ッつ、」
己に降りかかって来た影に身体の方が先に反応し、抜刀。そのまま刃先を相手の喉元へと突き付ける。
その相手が新八だったことに、目を見開く。
殺気を感じた。
振り上げた儘、止まっている拳を見るにおそらく殴りかかろうとしたのだろう。
ポーカーフェースで決してその感情を出す事はないが、新八を見ると無性に苛立つ。両親も居なく、姉と二人で暮らしてきたという境遇からだろうか。姉が健在だというのに、この弟と来たらその手で姉すら守れずに、旦那のくっつき虫だというのも気に食わない。
そのまま刀をおろしても良かった。
だが、何となく機嫌が悪く突き飛ばすという余計な動作を加えて鞘へ納めた。
「一応聞いとくが、何のつもりだ。」
不様に転んだと思った相手だが、受け身は取れていたらしい。
それが少し意外で、また少し腹立たしいのはなぜだろうか。
「…沖田さん、あなたは間違っている」
「ヘェ…?俺に説教垂れようってか。」
「…っつ」
言葉に詰まる新八に、すぐ平謝りをしてくると思った。
それを見て、ちょっと弄ってやって、近藤が煩いからとその場を後にする。そういった流れになると思っていた。
「…えぇ、そうですよ」
それが、この一言で全て覆される。
振り返った瞬間拳が目の前に広がった。
「ってェ…」
「神楽ちゃんは、もっと痛かったんだよ!」
「は?」
思わぬ言葉だった。
そこでその女の単語が出るとは思っていなかった。
「神楽ちゃんは、女の子なんだ…そりゃ、力は強いし、下品だし」
「おい、何もそこまで言ってねーぜィ。思ってはいるけど」
「でも!女の子なんだよ!」
新八を見ると無性に苛立つ。
似たような境遇なのに、正反対だからだろうか。
少し熱を持った頬を押さえる。
結構、重かった。