遠い背中


私よりも前を駆ける脚が。
ボールを遠くへ飛ばす腕が。

羨ましい、そう純粋に思った。

「私が…お姉さん?」


弟が出来、ある日突然姉になった。

とても小さくて、弱くて。
母に抱かれたその小さな命は、幼心ながら触れるのを躊躇うほどほどであった。
その存在を、この手に抱いた時、思ったのだ。


私が守らなきゃ、と。




「うわあああああん」

「新ちゃん…!今日は誰にやられたの?」



泣き声が響く。
どうした訳か、弟は男の子なのにいつも泣かされて帰って来た。


私よりも脚は遅くて。
飛ばしたボールは足元に落ちて。



私は弟を後ろに隠して、手を引いた。




(私が守って上げなくちゃ)



守るものが出来て、いつの間にか私は前を駆けていた。ボールは誰よりも遠くへ飛ばせるようになっていた。

そうして守って来た。



弟を、父の残した道場を。






「そこかァァァ!」
「ふんごォォォ!」




その道場に穴が空く。
薙刀で床へひと突き。

仕留めた感触は無く、舌打ちと共に薙刀を抜く。



出来た穴を覗き込むと、ゴリラ―…いや、ストーカーが床下にでかい身体をみっちりと詰め潜んでいた。


「何度も何度も言ってるじゃないですか。訴えられたいんですか?それとも死にたいんですか?」

「ハイ!漢、近藤勲!お妙さんの事を命を賭けて一生守り抜きます!」
「あらよっぽど死にたいのね。良く分かりました」
「え、ちょ…あれ?お妙さん?俺の話聞いて…アレ?」
「テメェはゴリラとちちくりあってろォォォ!!」


「イヤァァァァァァァァァ!」


拒否しても以上な程付き纏うストーカーをタコ殴りにする。
気が済むまで叩きのめして、家の外へと閉め出した。


暫くは起き上がっては来ないだろう。

手を幌って腰を下ろす。すると弟がタイミング良く、茶を持ってきて卓上においた。
叫び過ぎて渇いた喉を潤すべく、受けとって一口飲んだ。

「またですか、近藤さん。あの人もアレだけ殴られて諦めれば良いのになァ」

「あら、私が殴ったみたいな言い方止めてよ新ちゃん。アレは正当防衛よ」

「いや、でも近藤さんしか怪我してな――…スンマッセェェェエん!」


ガンッ、と少し強めに湯呑みを置くと弟は慌てて言葉を取り繕いそそくさと逃げた。

ふと目線を下げると、湯呑みから少し零れた茶が、卓上に雫を作っている。
指でそっと触れて、形を崩してやり、そのまま指で拭った。

手近な布巾に濡れた指をなすりつける。


(私は別に九ちゃんみたいに男の子になりたかった訳じゃないわ)


傷一つ無い自分の手を眺める。

もし、あの男が本気で抵抗したら、自分など簡単に捩じ伏せるだけの実力は持っているだろうと、それ位の事が分からない馬鹿でもない。

手加減されていることは、分かっていた。


男の人は、いつも私の前を行く。
後ろに隠していた弟も、知らない間に男の子から男の人になっていた。



その背中を羨ましいと見詰める。
追い越そうとも、追い抜こうとも思わない。


ただ、ちょっと羨ましくて――…



……ちょっとだけ、切なくなるだけだ。



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