ラーメン
「蕎麦を2つ」
今しがた、奇妙な連れと共に『ラーメン屋』のノレンを潜って来た男が指を2本立て、真顔で言った。それが涼しい顔で、ピースをしているように見え、非常に腹立たしい。
「はいよ、お待ち」
乱雑にカウンターへ置く。
桂はそれをじっと眺めた後、顔を上げて幾松を見た。表情は真顔、そのまま。首を傾げて、出された品を指差し尋ねる。
「……幾松殿、これはツユだけではないか?」
幾松が出したのは麺ツユのみだった。
「蕎麦みたいにズルッズル長い髪しちゃって、ウザったいのよ。自分の髪でも食ってりゃ良いさ
すかさず返って来た言葉に桂は記憶を探る。最近は大人しくバイトの客引きに明けくれたり、珍しく真撰組にも見付からず特に迷惑等はかけていない筈だ。
いよいよ分からぬとなれば本人に尋ねようとする。
しかし、突如頭部に激痛が走り、それは叶わなかった。
「…一体どうし――アイタタタタ!こら、エリザベス!俺の髪を食うんじゃい!ぺっしなさい、ぺっ!」
ペットのエリザベスが幾松の言葉を真に受け、ズルズルと桂の髪の毛を食していたのだ。
桂は何とか髪を引っ張り出し、涎と麺ツユでベタベタになってしまった毛を見て、風呂に入りたいと幾松に頼む。
すると答えは無く、タオルが顔面に飛んで来た。
「それで拭いてな」
「痛いじゃないか」
垂直に落ちたタオルを拾う。幾松は何も言わずに調理場でラーメンを茹でている。客等桂達以外は居ないのに。
沈黙が広がる。
「幾松殿、俺は何かしたか」
桂が尋ねる。
答えは無い。
「俺と口も聞きたくないのか」
幾松の肩が僅かに動いた。
それでも一行に口を開かない幾松に、桂は溜息を吐いた。
「俺の顔等二度と見たくないのか」
「――…逆さ」
2杯のラーメンがカウンターに置かれた。
突然の事に桂は目を瞬く。
思考の追い付かぬ桂を待たずに、幾松は言葉を続けた。
「蕎麦、賞味期限切れちまったよ。ったく、アンタが食べなきゃ誰が食べるってんだ。―ラーメン屋で、蕎麦なんてさ」
「幾松ど―…ぶッ」
何か言おうとした桂の言葉を遮るように、幾松はカウンターから手を伸ばす。桂が手に持ったままであったタオルを奪い取り、濡れた髪の毛を無造作に拭いた。
「冷める前に食べな、伸びちまうよ」
「――…あァ、頂こう」
ラーメンが、いつもより暖かい。
桂にはそんな気がした。