ある日、僕宛に送り主不明の手紙が届いた。
リオンはとても警戒してしまって、僕が自分で開けると言ったけれど、いいえ私が開けますから閣下は安全な位置まで下がっていて下さい、と断固として譲らなかった。
ミアキスは少し離れた位置で、開けたら剃刀がぁ!とか、不幸の手紙かも〜、何て言ってるし、リムはそれを一つ一つ真に受けて(怒りながらも)怯えているし、手紙一つで太陽宮を此処まで騒がすなんて、これはある意味新種のテロだなぁと、警戒している約2名には悪いけど、僕は妙に感心してしまった。
そうして、張り詰めた(多分)緊張の中、開けられた封筒の中には、一枚のチラシ。
ホッとしたのか、驚かせおって人騒がせな!とリムはたくさん文句を言いながら出ていってしまって、ミアキスはチラシの内容が気になるのか、名残惜しそうにしながらも、リムを追い掛けて出ていった。
その後、リオンがそのチラシの表を見て、裏を見て(小さく あ、と呟いて)、また表返して、危険がないのを確認すると、何故か満面の笑みで、どうぞ閣下、と僕にチラシを手渡した。
どうやらそれは芝居の公演の宣伝で、海を越えた北の大陸での興行らしい。
表を一通り流し見てから裏返すと、出演者の名前が記してあると思われる、その紙面の下の方にこれでもかという位、真っ赤なインクで何重もの丸で囲まれた名前があって、思わず笑みが溢れた。
***
それから、時々思い出したように、その送り主不明の手紙が届くようになった。
人気の劇団らしく、興行先は実に様々で、カナカン、グレッグミンスター、ミューズ、ルルノイエ、時にはグラスランド方面の都市など、色んな土地を転々としているようだ。
裏側に記される赤インクの位置は、興行先が移動するのと同じように、真ん中あたりにあったり、また下の方に移動していたりと忙しない。
けれど、何度目かの手紙の時から、インクの位置は真ん中より上に記されるようになり、最近では3回続けて一番上に書かれている。
どうやら彼は、今や押しも押されぬ花形役者らしい。
嬉しいけれど、少し寂しい気持ちで、これまで届いたチラシを眺めていたら、リオンが手紙を届けに来た。
送り主の名前はない。
数ヶ月振りのその手紙は、今までのものとは少し違っていた。
封筒の一部が膨らんでいて、触ると硬い感触。
何だろう、と思いながら逸る気持ちを押さえて、中身を切って仕舞わないよう慎重に開封する。
そうして、中から出てきたのは、
「……指輪?」
装飾も何もない、シンプルな銀の指輪だった。
不思議に思いつつも、いつも通りチラシに視線を滑らせると、今回は表にも赤インク。そして裏には、
『待ってろ』
と一番上に記された名前の近くに、これまた赤いメッセージ。
「……相変わらず偉そうなんだから。」
思わず苦笑し、再び表側を向ける。
赤いインクで幾重にも囲まれた『ファレナ興行』の文字を指先で辿ると、筆を取り、初めての返事を書く。
……きっと手渡しになってしまうけれど、それでいい。
便箋の真ん中に、赤いインクで、一言だけ綴ると、封筒の中に丁寧に仕舞う。
チラシに書かれた公演の日までは、あとわずか。
待ってた
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