「あっちー…。」
声を掛けてきたビーバーに手を挙げて応えながら、小さく呟き扉を潜る。
「リンファの奴も、しつけーなぁ。5000ポッチぐらい目ぇ瞑れっての。」
グチグチ言いながら服に手をかける。
脱衣所の中はガラガラだ。それは今が、昼を大分過ぎたが夕飯までは程遠い、という何とも微妙な時間帯のせいかもしれない。
「げっ!脱げねぇ…!!」
リンファから必死で逃げ回ったせいで、汗で服が張り付いている。無理に引っ張ると関節が変な方向に曲がりそうになった。
「クソッ…ウゼェ。」
暫く服と格闘するが、段々疲れてきた。
ちょっと休憩…と思い、手を離して辺りを何となく見回す。と、少し向こうの棚に、服の入った籠を見つけた。
(あれ、あの服って…。)
好奇心に従って、その棚に近づくと、
(やっぱり。王子さんのじゃねぇか。)
思った通り、彼がいつも身に付けている衣服があった。
王子さんが入ってんのか…と、想像すると、頬がわずかながらに熱を持つ。
暫くはそのまま妄想を楽しんでいたが、はっと我に返ると、急いで再び服と格闘を始めた。
(他の奴等に邪魔されずに、王子さんに近づくチャンスじゃん!!)
王子さんの周りには、いつも女王騎士やら剣豪やら、とにかく色んな人間が集まっている。
元々柄が悪い上、第一印象も最悪の俺が、王子さんとにこやかに会話なんて出来るはずもなく、何となくつっかかるように話し掛けるため、王子さんよりも周りの奴等から敬遠されている。(リオンなんか、あからさまに嫌そうな顔をする時もある)
が、見たとこ今は王子さん一人。
俺と王子さんは年も近いし、風呂で裸の付き合いともなれば、急接近の可能性大だ。
(よし!行くぜ!)
急にテンションの上がった俺は、服と必死で格闘する。
頭の中では、王子さんの裸がぐるぐる回っている。
丁度、馬の鼻先に人参を垂らしているような感じだろうか。
(よしっ…あと少し…!)
と思うが、その少しがなかなか進まない。
散々粘ったが、そろそろ二の腕がプルプルしてきた。
「クソ…脱げねぇ…。」
結局疲れて、腕を下ろしてしまい、ついでにその場にしゃがみこむ。
イライラしながら視線を巡らすと、王子さんの服が目につく。
何となく興味が湧いて、その服に手を伸ばす。
自分も同じものを持っているが、改めて見ると、本当にややこしい服だと思う。
そうして、しばらく無言で眺めていたが、
(これって、多分さっきまで着てたヤツなんだよな?)
と、ふと思い至り。
(……。)
魔が射した、あるいは出来心というのだろうか。
手にした王子さんの服(使用済)に顔を近づけて、息を吸い込む。
風呂に入っているのだから、鍛練でもして汗をかいたはずなのだが、何故か良い匂いがするのだから不思議なものだ。
(…俺、変態かも。)
かも、というか最早そのもので、何度か匂いを嗅ぐうちに、在らぬ所が熱を持って来た。
扉一枚隔てた先に、本人が、しかも裸でいる、という状況を思い出すと、更に興奮が高まる。
(ヤベ…扱きてぇ。)
周りに誰もいないし、急いで済ませれば大丈夫だろうか、いやでもそれは流石にマズイだろ、と葛藤していると、不意に籠の中にある下衣が視界の端に入ってきた。
恐らく使用済のそれが、目を捕らえて離さない。
いや、それは絶対ヤバいだろう。変態決定だぞ。だっていくら可愛くて綺麗で良い匂いがするからって言っても王子さんは男、男のズボンなんてマジ有り得ないって。だからヤバいってマズイって。でも気になるんだから仕方ねぇじゃねーか!!
脳内に警鐘が激しく鳴っているが、身体はそれに反して、王子さんのズボンを手に取ってしまっている。
加えて、全裸の王子さんが再び頭の中を占拠している。
(…っ上等じゃねぇか!)
何に対してか解らないが、心の中で啖呵を切ると、俺は手にしたズボンに顔を埋めて深く息を吸った。
片手は下肢に伸び、服の上から男の部分を慰めている。
「…っは」
目を閉じると瞼の裏側がチカチカした。
緊張と興奮で最早匂いなんて分からない。
「…っ ――!」
普段は口に出来ない、王子さんの名前を舌に乗せる。
(…くっ…もう……)
あと少しで達するという、その時だった。
「何、してるの…?ロイ……。」
ビシリと、音を立てて固まった。気がした。
熱くなっていた身体から、一気に血の気が下がり、冷たい汗が吹き出る。
「ロイ……?」
再度の呼び掛けに恐る恐る振り返る。
「ロイ、それ、僕のズボン…だよね?」
王子さんは笑顔だった。
こういう時、普通目が笑っていなかったりするが、目もちゃんと笑っている。笑ってるんだけど…、
「い、いや、王子さん、これはだな、えーっと、その、あれだ、つま」
「あれってどれ?」
雰囲気が、笑っていない。
「ロイ…。」
「王子さんゴメン!悪かった!!マジで!反省してます!!今した!猛烈にしたから!!」
王子さんが、手をボキボキ鳴らしながら近付いてくる。
後退りする俺のモノは、完全に萎えて(寧ろ縮んで)しまっている。
「覚悟は、良いよね?」
「――っっ!」
***
「ビャクレン、お食べ。」
――ザブン
ロイは後に、釣り勝負をしていたランとスバルに発見され、一命を取りとめた。
ギリギリってこと!
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