朝食後に王子さんの部屋を訪ねると、そこには愉快な光景が広がっていた。
「あ!おはよう、ロイ。」
果物ナイフを片手に椅子に座る王子さん。向かったテーブルの上には、大小様々なかぼちゃ達。どれも俗にお化けかぼちゃと呼ばれるオレンジ色のかぼちゃだ。
秋色に囲まれた王子さんは、見ていて非常に微笑ましいが、手にしたナイフがミスマッチだ。(しかも妙に研ぎ澄まされている)
「……何やってんだ?」
思わず質問をする。
だって本当に意味が解らない。調理するなら厨房でするだろうし。
「ランタンを作ってるんだよ。」
「かぼちゃでか?」
「うん、そう。」
あのナイフの鋭さは、かぼちゃをくり貫く為に、よく研いだものを借りてきたらしい。
それにしても何でかぼちゃなんだ?
それを王子さんに聞いてみると、
「今日はハロウィンだからだよ。」
「ハロウィン?」
何とも耳馴れない言葉が返ってきた。恐らく、何かの行事なんだろうが……。
「異国のお祭りだよ。かぼちゃのランタンを飾って、仮装して、子供にお菓子を配るんだって。」
「……へぇ…。」
さっぱり意味が解らねぇ。
かぼちゃ使うってことは収穫祭とかじゃねぇのか?何故お菓子?っていうか仮装する意味は?
俺が訳が解らず悩んでいると、
「はい、ロイ。」
目の前に大きめのスプーンが差し出された。
「……んだよ。」
「ロイも手伝ってよ。ね?」
どうやら、かぼちゃの中身をくり貫く作業を俺にやれと言いたいらしい。……はっきり言って面倒臭い。が、
「ダメ、かな?」
少し眉を下げて、小首を傾けながら聞かれると、否と言える筈がなかった。
これが確信犯だったらキレるぞ。……どうせ強くは言えないんだろうけど。(先に惚れた方が負けって言うけど、その通りだと思う)
「おら、貸せ。」
差し出されたスプーンを乱暴に受け取り、椅子を引いて、これまた乱暴に腰掛ける。
「ありがとう、ロイ。」
目の端で捉えた王子さんのはにかむような笑みに、耳が熱くなるのを感じた。
***
「出来たね!」
王子さんの部屋にあったかぼちゃ(テーブルに乗ってるやつだけかと思いきや、部屋の奥に山と積んであった。この野郎……!)でようやくランタンを作り終え、王子さんが喜びの声を上げる。
「で、こんなに作ってどうすんだよ?」
疲労困憊した俺は、最早喜ぶ気力もなく尋ねる。と、
「城の中に飾ろうと思って。取り敢えず、食堂とか酒場とかお風呂とか1階の大鏡の所とか、皆がよく行く所には飾るつもりなんだけど。」
どう考えても1人では無理そうな規模に、再び嫌な予感がする。
「向こうに袋があるから、ロイ半分持ってね。」
やっぱりか!
***
何とか殆どのランタンを飾り付け、俺と王子さんは塔基部に来ていた。疲労の余り、扉の前だが座り込む。……歯車部屋だし、多分誰も来ないだろう。
「お疲れ様、ロイ。」
「本当にな。」
俺の態度に王子さんが苦笑する。……何か俺が悪いみたいだけど、俺って被害者じゃなかったっけ?
「…っておい、まだあんのかよ。」
目の前で王子さんが袋の中に手を突っ込んで、ゴソゴソしているのを見て、思わずげんなりしてしまう。
対する王子さんは、嫌そうな声を上げた俺を一瞥するとクスリと笑って、袋の中から2つのかぼちゃランタンを取り出した。
1つは通常よりもやや小ぶりの大きさだったが、もう1つは片方の掌に乗る程小さい。
「はい、ロイ。」
その内、大きい方を俺に差し出す。
「……へ?」
「それはロイの分だよ。」
思わず間の抜けた声を出した俺の手に、王子さんがランタンを押し付ける。
よく見ると中が丁寧にくり貫かれていて、王子さんが1人で作ったものだと解る。(俺が手伝ったやつは少々雑い。)
……若干かぼちゃの目が釣ってるのは気のせいか?
「……そっちの小さいのは、どうすんだよ。」
王子さんが朝早くから(もしかしたら昨日の晩かもしれない)、俺の為に一人でかぼちゃと格闘していたと思うと物凄く嬉しかったが、素直に礼が言えず、もう1つのランタンへと話を振ってしまった。
「あぁ、これ?……これから渡しに行くから、ロイも一緒に行こうよ。」
そう言って、返事も聞かずに歩き出した王子さんについて行くと、数歩も歩かない内に、ある扉をノックして、部屋の中に入っていった。
「リオン。」
「わ、王子!どうされたんですか?」
その部屋とは医務室で、例の小さなランタンはリオンにあげるものだったらしい。
あの大きさにしたのは、恐らく、あまり明るいと夜眠れなくなるかもしれないという配慮からだろう。
「はい、これ。リオンに。」
「わぁ、可愛いですね!これ、どうされたんですか?」
どうやらリオンもハロウィンとやらを知らないようだ。……王子さんは何処で聞いてきたんだ?
「これはね、ジャック・オ・ランタンって言うんだよ。」
「ジャックオランタン…ですか?」
「うん。今日はね、ハロウィンって言って、あの世の門が開いて悪霊とか悪魔がやって来る日なんだって。」
……何でリオンには説明が丁寧なんだ。
っていうか祭じゃなかったのかよ。軽くホラーじゃねぇか。
「それはちょっと怖いですね…。」
「うん。でもね、このかぼちゃのランタンを飾ってると、悪霊を追い払ってくれんだって。」
「そうなんですか。すごいですね!」
「だから、リオンにあげる。今リオンは戦えないから、悪霊が来たら困るでしょう?」
「王子……ありがとうございます…!」
「それじゃあ、ね。ちゃんと寝てなきゃ駄目だよ。」
「はい!王子も、お体に気をつけて下さいね。」
「うん、ありがとう。」
「ロイ君も、来てくれてありがとうございます。」
「……おう。」
あまり長居すると医者のばーさんが怖いので、挨拶もそこそこに部屋を出る。
そのまま、無言で王子さんの部屋へと戻る。別に気まずいとかじゃなく、何となく、何も言わない方が良い気がしたのだ。
「ロイ、ごめんね、付き合わせちゃって。手伝ってくれて、ありがとう。」
部屋に着くと、開口一番、王子さんが謝ってきた。
「別に……気にしてねぇよ。」
リオンと話す王子さんを見てしまったせいか―――笑顔だったが、何だかとても切ない感じがしたのだ―――不満も何も吹き飛んでしまった。
「うん、でも、ごめんね。ありがとう。」
それでも、困ったような顔をして謝罪と礼の言葉を紡ぐ王子さんに居たたまれなくなって、話題の転換を図る。
「そういや、王子さんの分はないのかよ?」
「……?」
「ランタン。」
「……あぁ。」
一瞬、解らないという顔をした王子さんだったが、俺が片手に持ったランタンを見せながら言うと、ようやく合点がいったらしい。
「だって必要ないもの。」
「…………は?」
返ってきた王子さんの答えに唖然とした。
動けないリオンはともかく、俺にまで作っといて自分は必要ないってどういうことだ?
徐々に眉間に皺が寄り始めた俺に、王子さんは至極楽しそうに笑いながら、こう言った。
「だって、今日はロイが一緒に寝てくれるでしょう?」
だから1つで十分だよね、と。
今朝と同じく小首を傾けながら言う仕草に、今朝にはない艶っぽさが混じっていて。
「……今晩、覚悟しとけよ。」
照れ隠しにそう言うと、王子さんの顔に、花が綻ぶような笑みが広がった。
その晩、2人が悪霊に邪魔されずに済んだかは、つり目のかぼちゃのみが知る。
Pumpkin Knight
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