6. 欲望には抗えません
苛々と焦れる気持ちを、指先でテーブルを叩いて落ち着ける。
今日は烈火が三泊四日の修学旅行から帰って来る日だ。
先日、烈火の修学旅行行きを止めるよう説得したが、薫や陽炎の援護射撃に遭い、結局、止める事も、烈火に風呂付きの個室を用意するよう学校及びホテルを買収する事も叶わず、泣く泣く烈火を見送るしか無かった。
その代わり、自宅へ荷物を置いたら真っ先に私のマンションへ顔を見せに来るよう約束したのだが…。
―――ピンポーン
「!」
インターホンが鳴ると共に、扉の鍵が回る音が聞こえ、「よー、来たぞー。」と烈火が入って来た。
「烈火、無事か?」
「戦場に行った覚えはねぇよ。」
暖めていたリビングへ通し、ソファに座らせると、飲み物を出すのも忘れ、問い質す。
しかし、烈火はまともに取り合わず、呆れた様にいなすだけで質問に答えない為、……少々強引だが、自らの目で安否を確かめることにした。
「良いから、無傷か確認させろ。」
「何でだ!ってマジに剥くな!しかも下!お前、最近どうしたんだよ!!」
ソファに俯せにさせ、下着ごとズボンを太股の中程まで下げて、尻を露出させる。
あぁ……相変わらず美しい尻だ。
色、形、大きさ、肉感、全てに於て申し分無い。更に言えば、腰から臀部、臀部から太股への移行部も流れるようなラインを保ち……見る者に感嘆以外を与えないであろう麗しさだ。
うっとりと見惚れながらも、確り隅々まで異常がないか確認するが、特に此れと言って傷や痣など見受けられない。
「ふむ……何も無かったようだな…。」
「……紅麗…ってさ、もしかして、そっちの人なのか…?」
表面を軽く撫でて皮膚にも異常がないか慎重に確認していると、頬を紅潮させた烈火が肩越しに此方を仰ぎ見ながら、可笑しな事を聞いて来た。
「何がだ?」
「だから、その……男もいける奴、なんかなー…って。」
『そっちの人』とはどう言った人種を指すのか、皆目見当が付かず聞き返し、……返って来た答えに暫し絶句した。
「…………何故そうなる。」
漸く我に返った後に、苛立ちも顕にそう返した。
私は一度足りとも、同性にそのような視線を向けた事は無い。そもそも、烈火は第三者から聞き及んだ程度とは言え、私と紅の事も知っているではないか。何を根拠に……
「……人の生尻撫で回しといて聞いてんじゃねぇよ。」
(しまった、無意識に…。)
……言っているのかと反論しようと思った矢先、烈火にそう指摘され、反撃の余地を失った。
尻に肌荒れなど起こしていないかを確認するだけのつもりが、知らぬ内に撫で続けていたらしい。
慌てて手を引き、「済まん」と一言謝罪する。(随分驚いた顔で「いや、良いけど…。」と返された。私が謝罪するのがそんなに意外か?)
「ほら、男同士って、尻…使うって言うし……最近、紅麗、俺の尻ばっか見てるし…。」
(気付いていたのか…。)
言われて、改めて最近の己の行動を反省した。
……これは、不審に思われても仕方が無いだろう。
しかし、誤解されたくない点が一つだけあった。
「だが、私はお前(の尻)を傷付けるつもりは無い。」
「……!」
私はあくまで、この尻を愛で守りたいだけであって、間違っても犯し穢すつもりは毛頭無いのだ。この一点に於ては譲れない。
その思いを視線に込め、ひたと烈火を見据える。
「だ、だったら……別に、紅麗なら、触っても良い、けど…。」
すると……何故か更に顔を赤くした烈火がうろうろと視線をさ迷わせた後、消え入るような声音でそう言った。
―――この尻に、触れても良いだと?
何という申し出…!
これは夢か?本当に現実なのか?
本当にこの尻に、私が望んだその時に、見ること触れることが許されるというのか…!
いや、待て。
よく考えろ。
会話の流れが可笑しいだろう。
『紅麗なら』とはどういう意味だ?
烈火は何故こんなにも顔を赤く染めている?
いや、そもそも……私が所謂両刀遣いであるという疑いは、烈火の中では晴れたのか?
「………………本当か?」
熟慮すべき点は多々あったと言うのに、この尻に触れる権利が得られるという誘惑には抗えず、気付けば……そう聞き返してしまっていた。
「へ?う、うん。まぁ。」
頷いた烈火の身動ぎに合わせて、目の前の尻が微動する。
……許可が出たということは、今、この時から、この尻に触れても良いと言うことだろうか?突然舞い降りた幸福に、情けなくも手が震える。
神が創ったとも思える造形美に、初めて、本人の許可を得て触れた。
先程は肌に異常がないか確かめることに必死で、敢えて意識しないよう努めていたが……掌にしっとりと吸い付くような素晴らしい感触に、我知らず溜め息が洩れる。
「嬉しいよ、烈火……感無量とはこのことだな…。お前(の尻)は特別だ。世界中の何より愛しいよ…。」
「ななな何言ってんだ!恥ずかしいこと言うな!!」
照れ隠しなのか、褒め称える度に真っ赤になって怒鳴り返して来る声を聞きながら、暫くの間、ひたすら尻を愛撫し、至高の美に酔いしれていた。
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